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東北モデル 被災地が生む革新 2014.03.10<2>

日経ビジネスの特集記事(48)

東北モデル 被災地が生む革新
2014.03.10


被災地東北に知恵を持つリーダーが出現しました。
彼らの活動には、日本を強くするヒントが隠されて
いるということ

が主要テーマです。


2014年3月11日で、東日本大震災が3年目を迎えました。
いまだ、復旧・復興のメドは立っていません。


そうした中で、知恵を持ったりーだーが出現しました。
彼らの活動は、まだ緒についたばかりですが、一筋の光明を
放っています。


日経ビジネスは彼らの活動状況を紹介し、将来へ向けての
方向性を示しています。


国や自治体をあてにせず、草の根活動を通じて、立ち止まる
ことなく、「外向き、上向き、前向き」に一歩一歩着実に
前進していってほしい、と願っています。


今、私にできることは何か、と考えた時、選択肢はきわめて
少ないのが現状です。


ボランティアとして活動することは、現実的にできません。
義捐金を送ることが支援活動につながるとは限りません。
当事者ではない私には、率直に言って、実感が持てません。
復旧・復興を願うことは誰にでもできますが、他人事に
過ぎません。


しかし、それが圧倒的に多い非当事者の実感を表す最大公約数
です。


「当事者意識を持て」と言うことは簡単ですが、現実的には
無理な相談です。大多数の人にとって、自分のことで手一杯で
他人のことまで手が回らない、意識が向かいないのです。
そうした状況を責めることはできません。


当事者でない人で、「私は東北復興のために全力を傾けている」
と堂々と胸を張って言える人が、どれだけいるでしょうか。



PART1 運命の7人、東北に挑む

7人のうち前回、3人をご紹介しました。
今回はあと4人をご紹介します。

(4)諸橋寛子氏[ユナイテッド・スポーツ・
 ファウンデーション代表理事]


ゼビオの創業家に生まれ、創業者である父の死後、
ゼビオの役員に就任。震災後、スポーツによる社会
貢献を目的に、財団「ユナイテッド・スポーツ・
ファウンデーション」を立ち上げた。
(以上、プロフィールから紹介)


ゼビオは「ヴィクトリア」や「ゴルフパートナー」などの
スポーツ専門店を展開しています。


諸橋氏は、震災を機に財団ユナイテッド・スポーツ・
ファウンデーションを立ち上げました。


スポーツ事業を通じて、子供たちを健全に育成し、復興の
原動力にするのが目的だそうです。


福島第一原発事故により、土壌汚染が進行し、子供たちは
家にこもりがちになり運動不足になっている実態が浮き彫り
になりました。

諸橋は言う。「日本全国で運動している

子は確実に減っている。福島以外でも

この活動の輪を広げていければ」。

福島で育った企業家の、新たな使命は

始まったばかりだ。

  (P.036)



(5)竹井智宏氏[MAKOTO代表理事]

東北大学生命科学研究科博士課程修了後、再生医療
の企業などを経て東北イノベーションキャピタルに
転職。ベンチャーの育成や支援に従事。
震災後の2011年7月に退職し、MAKOTOを設立。
(以上、プロフィールから紹介)


東北でベンチャーを支援するには、都会とは違ったやり方
が求められます。

被災地では起業の志のある者に

対して初めからリターンを求める

やり方では前に進めない。

  (P.039)


竹井氏が最重視するのは「志」だそうです。
その志の中身が異なります。

竹井の言う「志」は、自己の利益

や事業拡大のための「野心」とは全く違う。

「世のため、人のため何ができるか」。

  (P.039)

「何んて青臭いことを言っているんだ!」とあなたは感じた
かもしれません。


しかし、これは大変重要なことです。被災地の復旧・復興
という大変大きな課題を克服するためには、利己(自分に
利する)の精神ではダメだ、と竹井氏は考えているから
でしょう。


石巻市で2011年7月に生まれたベンチャー企業、ラポール
ヘア・グループへの支援を決めました。


決め手となったのは、そのグループの代表・早瀬渉氏の
言葉だったそうです。

「技術を生かす場さえあれば、多くの

美容師が救われる」。

  (P.039)


全国で美容師免許を持つ人はどれくらいいるかご存知ですか。
人数の多さに驚きました。

全国で美容師免許を持つのは約100万人。

しかし、実際に働いているのは40万人

程度と言われる。その理由は美容師の

多くが女性で、出産を機に仕事を辞めて

しまうからだ。「だったら、保育室を

併設すればいい」と、保育士が常駐し、

客もスタッフも両方利用できるヘアサロン

を作り上げた。

  (P.039)


竹井氏にとって起業支援はどのようなものなのか。

次の言葉に集約されています。

竹井は起業家支援は「あくまでも、

手段」だと語る。復興の手段であり、

妹(7年前に自殺している)のような

悲劇を作らないための手段。そのために

早瀬の美容室のようなベンチャーを

増やしていきたいと竹井は考えている。

  (P.039)



(6)岡本翔馬氏[NPO法人「桜ライン311」代表]

仙台市内の大学を卒業後、東京の建設会社に就職。
震災後、陸前高田に戻り、2011年10月に桜ライン
311設立。
(以上、プロフィールから紹介)


陸前高田市の人口は約2万4000人(当時)で、震災による
死者は1700人を超えるということです。


岡本氏は故郷に貢献できることは何かと考えた時、
「同級生たちとともに、陸前高田市の津波の到達点
170km(総距離)を桜の木でつなぐ『桜ライン』の
活動を始め」(P.040)ることでした。


しかし、大きな壁が立ちはだかりました。
作物の生育の妨げになると懸念されたり、津波が来たこと
を示す印ができることで土地の資産価値が下がるかもしれ
ないなどと問題が発生したのです。


つまり、「自己の利益を守ることと、公益に供すること
とは相反する場合もある」(P.040)ということです。


議論の着地点を見つけ出すには時間がかかったそうですが、
岡本氏たちの活動に少しずつ賛同者が増えてきているそう
です。


具体的に桜の木を何本植えるのかが気になりますね。

10m間隔で1万7000本の桜を植える

計画に対し、実績は647本。先は

まだまだ長いが、岡本は「人」を

信じている。

  (P.040)



(7)臼井壮太朗氏[臼福本店社長]

高校まで気仙沼で過ごし、高校から始めた
フェンシングでは、日本代表の経験を持つ。
94年専修大学卒業。97年、家業の臼福本店
に入社。2013年4月に臼福本店5代目社長と
なり、現在に至る。
(以上、プロフィールから紹介)


臼井氏は、「敗北を一切、恐れない」(P.042)人だそうです。
それでも、「生涯に一度だけ、無力感に苛まれたのが3・11
だった」(P.042)そうです。


臼井氏が東北復興のために、何ができるか考えたのは多くの
人たちが想像していたこととは違いました。

「1隻の船を造ろう。しかも、東北の

光となるようなでっかい船を」

  (P.043)

どうして「でっかい船」なのか。
その理由は、

今や漁師を志す若者は皆無。

高校卒業後は気仙沼を後にし、

戻ってきやしない

  (PP.042-3)
からです。


臼井氏の心意気はこういうところにあります。

「船の完成が復興の証し。この船に

乗りたいと、1人でも多くの若者が

思ってくれれば、海で発展してきた

この街が、きっと昔のように元気に

なれる」

  (P.043)


ちなみに、この船の建造を気仙沼の小さな造船会社に
任せたそうです。多少コスト高になっても「東北の
産業再生」のためになる、と信じたからです。



PART2 天変地異から始まった

日本の歴史を振り返ると、必ず大災害の記録が残っています。


1923年9月1日の関東大震災、1945年8月6日の
原爆投下(広島)、同月9日の原爆投下(長崎)、
1959年9月26日の伊勢湾台風、1995年月17日
の阪神・淡路大震災、そして2011年3月11日の
東日本大震災。


日本はこのように多くの大災害に見舞われながら、必ず
復興してきました。その影で、新しい企業や産業が生まれた
ことが原動力になったことは否定できません。


関東大震災の場合は、シャープが、原爆投下後はマツダや
カルビーが、阪神・淡路大震災後は楽天が創業しました。


表現は適切ではないかもしれませんが、踏まれても押し
倒されても起き上がってくる雑草のような逞しさが感じ
られます。


PART3 尊い犠牲が、新しい日本を生んだ


先にご紹介した7人のように復旧・復興に向けた地道な活動を
行い、少しずつ成果を生む兆しが見えてきています。


その一方で、いまだに手がつけられない地域があります。
福島第一原発事故によって発生した放射線被曝の被害を受け、
何年先になったらこの苦しみから開放されるのか、まったく
見えてきていません。


福島第一原発は今でも、毎日のように放射能汚染水の処理に
四苦八苦し、状況は一向に改善に向かっている気配すら感じ
られません。


さらに、福島県の農業、漁業、酪農業に従事する人たちは、
風評被害に遭っています。


どんなに科学的数値で安全を示しても、安心までを保証する
ものではないのです。先入観に支配されると、人の気持ちは
そう簡単には変わりません。


新産業を起こすには、イノベーターやリーダーの出現が不可欠
ですが、彼らをサポートする仕組みづくりも大切です。


思い切った規制緩和が欠かせませんが、国や自治体はすぐに
規制を強めたり、既得権益を優先することが多いですね。


そのため、新しいことを始めようとする人たちの「手かせ足かせ」
となってしまうのです。


また、「年長者は若者に活躍の場を譲り、経験と知恵を授ける
脇役に回ることが大切だ」(P.050)と思います。






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東北モデル 被災地が生む革新 2014.03.10<1>

日経ビジネスの特集記事(48)

東北モデル 被災地が生む革新
2014.03.10


被災地東北に知恵を持つリーダーが出現しました。
彼らの活動には、日本を強くするヒントが隠されて
いるということ

が主要テーマです。


2014年3月11日で、東日本大震災が3年目を迎えました。
いまだ、復旧・復興のメドは立っていません。


そうした中で、知恵を持ったりーだーが出現しました。
彼らの活動は、まだ緒についたばかりですが、一筋の光明を
放っています。


日経ビジネスは彼らの活動状況を紹介し、将来へ向けての
方向性を示しています。


国や自治体をあてにせず、草の根活動を通じて、立ち止まる
ことなく、「外向き、上向き、前向き」に一歩一歩着実に
前進していってほしい、と願っています。


今、私にできることは何か、と考えた時、選択肢はきわめて
少ないのが現状です。


ボランティアとして活動することは、現実的にできません。
義捐金を送ることが支援活動につながるとは限りません。
当事者ではない私には、率直に言って、実感が持てません。
復旧・復興を願うことは誰にでもできますが、他人事に
過ぎません。


しかし、それが圧倒的に多い非当事者の実感を表す最大公約数
です。


「当事者意識を持て」と言うことは簡単ですが、現実的には
無理な相談です。大多数の人にとって、自分のことで手一杯で
他人のことまで手が回らない、意識が向かわないのです。
そうした状況を責めることはできません。


当事者でない人で、「私は東北復興のために全力を傾けている」
と堂々と胸を張って言える人が、どれだけいるでしょうか。



PART1 運命の7人、東北に挑む

7人のうちからまず3人をご紹介します。

(1)御手洗瑞子氏[気仙沼ニッティング社長]

東京大学経済学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・
カンパニーに入社。2010年9月から1年間、ブータン
政府の初代首相フェローとして観光産業の育成に携わる。


ブータン在住時、東日本大震災を知り、マッキンゼーに戻り、
2012年から気仙沼ニッティングに関わる。
(以上、プロフィールから紹介)


御手洗氏が起業する際に参考にしたのは、手編みの本場
であるアイルランド・アラン諸島の「アランセーター」
だったそうです。縄の模様が編みのように組まれたデザイン
は現地の「漁業」から生まれたそうです。


幸い気仙沼には、高い手編み技術を

持つ女性たちがいた。それは有史以来、

漁業で発展してきた気仙沼が生んだ宝だ。

  (P.029)


御手洗氏が優れている点は、そこに付加価値があると見抜く
力があったことです。


御手洗氏の使命は、「世界に認められるブランドへの昇華
させること」(P.030)です。


そのためには、一切の妥協を許さないことです。

御手洗の話に笑いが起き和気あいあい

とした雰囲気が広がるが、糸を見つめる

眼差しは真剣そのもの。それは普段から

御手洗が彼女たちにプロ意識を求めている

からだ。「頑張って作ったから買ってくだ

さい、は通用しない」。

  (P.030)


気仙沼と言えば、「フカヒレ」の産地として名高い地名です。
港が壊滅的な被害を受け、工場はほぼ全滅した状態です。


しかし、気仙沼は世界との距離は近い、と日経ビジネスは
指摘しています。

気仙沼は遠洋漁業が盛んで、心理的に

世界との距離が近い。世界の人に

求められ、ニットの街として世界中に

「kesennuma」の名を知らしめるのが

将来の目標だ。御手洗の飛躍は、日本

の地域ブランドの再構築に望みをつなぐ

光となる。

  (P.030)


ちなみに、御手洗さんが2012年末に初めて世に出した
手編みニット「MM01」は、1着14万7000円するそうです。



(2)及川友好氏[南相馬市立総合病院副院長]

福島県立医科大学を卒業後、福島赤十字病院などを経て、
南相馬市立総合病院副院長兼脳外科科長。
(以上、プロフィールから紹介)

震災時、東北各地の病院も甚大な被害を受けました。
南相馬市立総合病院もその例外ではなく、修羅場と化した
そうです。


ただ、他の地域とことなる点は、福島第一原発事故が重なり、
放射線被曝という深刻な被害を受けていることです。


及川氏は、住民の内部被曝量を計測するホール・ボディ・
カウンター(WBC)を鳥取のウラン鉱山からWBCを
取り寄せ、日本で初めて内部被曝検査を開始したそうです。


特に子供たちの内部被曝は、数十年という長期間にわたる
観察が不可欠で、及川さんは「子供たちの健康と安心を
医療面で支えたい――」という強い思いを持っています。


さらに、仮設住宅に住む被災者のために、ある時期、
病院の医師がローテーションを組んで、毎朝、ラジオ体操
をしたこともあったそうです。


そうした活動の目的を及川氏は、こう語っています。

「本来の医療活動だけにとどまらず、

医師が外に出て、復興支援に関わる活動を

することで、医療現場のモチベーションを

向上させる」。

  (P.033)


南相馬で急速な変化が起きています。
それは「極端な少子高齢化都市になったことだ」
(P.033)。


具体的な数字が出ています。

多くの若者が去ってしまった。65歳

以上の人口は25.9%から32.9%まで

跳ね上がり、逆に14歳以下は、13.8%

から8.1%まで下落した。

  (P.033)


こうした急速な少子高齢化は、家庭崩壊を招いた、と
日経ビジネスは伝えています。

南相馬は3世代家族が多かった。

高齢者とこの地で仕事に従事する世帯主

だけがとどまり、嫁や子供は戻らない。

震災後3年経った今でもその傾向は

続いている。

  (P.033)


及川氏は、こう教えています。

及川は「外に出よ」と教える。

外来患者を待ち続ける病院から、

医師が能動的に住民と接し、未然に

病気を予防する病院への転換である。

  (P.033)


こうした活動は、何も被災地や限界集落などを含めた
地方の問題だけではありません。


都市部でも少子高齢化は進行し、国全体の問題でも
あるのです。
高齢者の「孤独死」はその象徴的な出来事です。



(3)原田英明氏[デリコム社長]

苫小牧工業高等専門学校を中退。自販機運営の大手の
エフ・ヴィ・コーポレーションに入社。
94年にデリコムを設立。売上高20億円を超える。
(以上、プロフィールから紹介)


自動販売機(自販機)は全国にどれだけあるか、ご存知
ですか。


500万台に達しているそうです。
ちなみに、コンビニの数は5万店です。つまり、自販機は
コンビニの100倍も多いのです。


限界集落でも商売が成立する可能性を秘めているのは、
自販機です。


自販機と言うと、飲料水というのが常識です。
ところが、デリコムの原田氏は現地の人たちの容貌に
応えようとしてチョコレートやクッキーなどの食品も、
缶に詰めて販売するようになったそうです。


自販機業界には「飲料販売しか考えていない」ところが
あり、また「インドア神話」も残っているということです。

自販機業界には「インドア神話」が

根強く残っている。オフィスや工場と

いった屋内に設置すると、安定した

収益が上がる、という鉄則だ。

「アウトドア(屋外)なんて儲からない」と。

  (P.035)

しかし、原田氏はこの神話に確固たる信念を持って、
果敢に挑戦しました。


その結果、「限界集落に月間4000個を販売する
『伝説の自販機』が生まれた」そうです。


原田氏は、「自販機は50世帯あれば商売になる。極端な話、
マンション1棟あればいい」(P.035)と豪語しています。


今まで紹介した人たちは皆、イノベーター(革新者)です。
次回ご紹介する4人を含めた7人のリーダーを中心にして、
被災地を復興しようとするエネルギーが増大していけば、
時間の経過とともに復旧・復興への道が開けれくる、と
信じています。




次回は、「あと4人の活動の様子と、日本の歴史を紐解くと
天変地異があり、それを何度も乗り越えてきたこと」他に
ついてお伝えします。






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Author:藤巻隆
管理人の藤巻隆です。

以前、ジュゲムブログで、
同タイトルの
「日経ビジネスの特集記事」
を書いていました。

しかし、使い勝手があまり
よくなかったので、
FC2ブログで新たにスタート
することにしました。

現在(2013.10.16)、ブログの
引越を行っているところです。

FC2ブログでは、2013.10.14号
が最初のブログということに
なります。


2013年10月16日記す。

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