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記録ずくめの最強メーカー 黒霧島 5000日戦争 老舗蔵元の「反常識」経営 2014.11.10 <3>



日経ビジネスの特集記事(81)

記録ずくめの最強メーカー
黒霧島 5000日戦争
老舗蔵元の「反常識」経営
2014.11.10



今週の特集記事のテーマは

1998年の発売以来、「焼酎500年史」に例がない
快進撃を見せ、その結果、霧島酒造は2012年、
売上高で三和酒類を抜き日本一に躍り出た。
その成長力や収益力は名だたる大企業すら圧倒し、
今や同社は、1990年大後半以降のデフレ下で
最も事業拡大に成功した最強国内製造業の一社と
言っていい。
老舗蔵元の戦略には、業界の常識を否定し自社に
最適化した、多くの最新経営理論が盛り込まれていた
 (『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.026)

ということです。


記録ずくめの最強メーカー 黒霧島 5000日戦争 老舗蔵元の「反常識」経営

記録ずくめの最強メーカー
黒霧島 5000日戦争
老舗蔵元の「反常識」経営

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 表紙)




今特集記事は「黒霧島」という焼酎の老舗蔵元、
霧島酒造の経営戦略等にスポットを当てています。


「黒霧島」という同社を代表する焼酎の話が、
多く出てきますが、決して酒類の話だけでは
ありません。


そこは、『日経ビジネス』ですから、ビジネスの
観点から分析し、霧島酒造の驚くべき経営の
秘密を余すところなく描いています。


あなたは「黒霧島」をご存じですか?
飲んだことはありますか?


前口上はこれくらいにして本題をスタートしましょう!



PART2 完全ドキュメント 創業80年目の一念発起
「黒霧島」、全国制覇への5000日


このパートでは、3代目就任から霧島酒造が
変貌した経緯からお伝えしています。


再来年で100周年を迎える同社が、
創業者イズムを否定してまで改革に乗り出した
経緯に着目して、ご覧ください。


一朝一夕では改革はできませんが、
トップの高い志と、最後までやり抜く強い意思は、
不可欠だったでしょう。


前回は、第2章 1998年夏 黒霧島、誕生
から第4章 2004年秋 生産革新
までご覧頂きました。


最終回は、PART2の残りの2章、
第5章 2006年夏 大型投資と、
第6章 2011年春 そして首都圏へ
をお伝えします。


霧島酒造の巧みな戦略が、次々に奏功します。
行き当たりばったりの戦略ではなく、熟慮の末に
たどり着いた独自の戦略と言える、と思います。


需要に供給が追いつかないという「失敗経験」を
通じて身につけた、ノウハウを磨き上げ、大型
工場建設の英断をします。
同じ轍は踏まないということです。


無謀とも言える大型投資でしたが、霧島酒造には
追い風が吹いていました。



 黒霧島の販売効果によって、霧島酒造の

 売上高が100億円を初めて突破したのは

 2001年3月期。その後も急成長が続き、

 2005年3月期に208億円へ倍増。

 売上高経常利益率も14%と、高い収益力

 を持っていた。第3工場への投資は、そんな

 良い流れを断ち切りかねない。


 工場の増設に必要な金額は100億円。

 売上高200億円規模の会社が100億円

 の設備投資に耐えられるのか――。


 最後にはこう結論を下した。

 「霧島酒造の焼酎はまだまだ伸びるはずだ。

 行こう」。
 

  (P.038)


融資した金融機関は、霧島酒造をどう評価している
のでしょうか? 複数の金融機関がシンジケートを
組み、融資した(協調融資)のですが、霧島酒造は
特定の金融機関に依存し過ぎることを避けた面も
あります。


いずれにせよ、霧島酒造の業績好調が一時的なもの
ではなく、今後もずっと成長が続く見込みがあったから
こそ、金融機関は融資したのです。


 この融資に加わった九州にある金融機関幹部は

 「霧島酒造は焼酎メーカーとして販売力が突出し、

 収益率が抜群に高い。財務基盤は全く心配ない」

 とのお墨付きを与える。
 

  (P.039) 

金融機関としても、融資額を確実に回収できる、
と確信したからこそです。


この企業規模としては過大な、大型投資は結果として、
霧島酒造をさらに飛躍させることになりました。


 結論から言えば、市場全体に陰りが
 
 見える中であえて決行した大型投資


 結果として、霧島酒造にさらなる飛躍をもたらす

 ことになった。


 冷凍芋による生産革新や能力増強を追い風に、

 黒霧島だけは売れ続けた。自社製品の需要が

 伸びるという読みは的確だった。
 

  (P.039)


そして、遂に最強ライバルの背中が見れるところ
まで急迫したのです。


 2007年3月期に売上高は300億円に迫り、

 かつてライバル視した「白波」の薩摩酒造を

 50億円以上も引き離し、売上高の差が2倍

 以内に初めて縮まった「いいちこ」の三和酒類

 が射程圏内に入った。
 

  (P.039) 


『日経ビジネス』は、霧島酒造の投資戦略を、
他業界の半導体メーカー、韓国サムスンに
重ね合わせています。


 大型投資は吉と出た。市場に不透明感が

 増す中で果敢に投資し、競合を引き離した

 投資スタイルは、日本の半導体メーカーを

 駆逐した韓国サムスン電子と似通う。
 

  (P.039) 


同業他社を引き離す絶好の機会を逃さず、
果敢に打って出たことが現在の地位の礎を
作ったと言えます。



『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。

1つ目は、「弱者の戦略」で一点突破で、
2つ目は、トレードオフ・マトリックス
でした。
3つ目は、インパクト重視フリー戦略で、
4つ目は、価値逓増型サプライチェーン
でした。


そして、5つ目は、市場創造型逆張り投資
です。



 「霧島酒造の経営者には、既存市場とは違う

 ブルーオーシャンの新市場が見えていたの

 だろう。顧客を自ら作りつつあるという絶対的

 な自信があったからこそ、生産拡大のための

 投資に踏み切れたに違いない」。

 MPSコンサルティングの鈴木博毅社長は、

 霧島酒造が決断できた背景をこう読み解いて

 いる。
 

  (P.039) 




第6章 2011年春そして首都圏へ

これまで見てきたように、霧島酒造は中規模
都市で地歩を固め、実りの多い首都圏への
進出を最後までとっておきました。


もちろん、それまで長い歳月をかけて、
基礎固めをしていたのです。30年以上に
わたって。


 東京支店の開設は1983年。だがまるで

 売れなかった。86年に赴任した営業総括

 常務の坂口和幸は「芋焼酎は臭いという

 イメージが先行し、デパートや物産展で

 試飲してもらうことすら大変だった」と話す。
 

  (P.040)


長い忍従の末に待っていたのは、念願の
大都市圏制覇でした。


いきなり本丸を攻めるのではなく、外堀から
埋めていったのです。


「美味しいところは、最後に残しておいた」
「美味しい果実を手に入れた」のです。
遠謀深慮と言えます。


 長い時間をかけて実現した首都圏市場

 の開拓。だが、それだけ時間をかけた

 からこそ、東京攻略に成功したとも言える。

 というのも、霧島酒造は、最初から、

 販管費がかさむ大都市を最後まで避け、

 周辺の中規模都市を少しずつ攻略
する

 方針を掲げていたからだ。
 

  (P.040)


2012年には念願の焼酎業界トップの座に
就きます。


 2012年、霧島酒造は三和酒類の売上高

 を追い抜き、念願の焼酎業界のトップの座

 に就いた。

 黒霧島発売から、およそ5000日。
 

  (P.040) 


長年のライバルだった三和酒類と薩摩酒造は今、
どんな思いなのでしょう?


 三和酒類の製造担当者は「危機感は強い。

 次の一手が必要」と厳しい表情を見せる。

 長い間、「いいちこ」に頼る一本足の商法が

 限界を露呈した。薩摩酒造のベテラン社員も

 「経営者は消費者ニーズに合う商品を作れ

 と言いながら、具体的な市場調査は進まず、

 売れるものができなかった。年々、風通しの

 悪い組織になった」と唇をかむ。
 

  (PP.040-041)


ライバルは、成功体験に依存し、「成功の復讐」
に遭遇したのです。チャレンジ精神を忘れ、
守りに入ったからです。


現状維持は、相対的に後退を意味します。
霧島酒造は、常にチャレンジャーであり続け
ました。これからもその姿勢は変わらないでしょう。


現状のまま進めば、人口減少が明白な日本国内
だけでは、今後あまり成長は期待できません。


次の一手は、当然海外です。
幸いなことに、日本文化は「クール(かっこいい)」と
欧米で評価されています。


焼酎ではありませんが、サッカー元日本代表の
中田英寿(ヒデ)さんは「日本酒」の良さを世界に
広めようと、海外で活動しています。


FIFAワールドカップ・ブラジル大会でも、
大会開催期間中、ブラジル国内で「日本酒」の広報
活動をレストランで行いました。


ご存じの方も多いと思います。


「日本酒」は欧州で人気があります。
中田さんの「日本酒」の知名度を挙げる活動も、
日本文化を世界へ広めようという趣旨の一環です。



大都市をあえて避け中規模都市から攻略した

大都市をあえて避け中規模都市から攻略した

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 PP.040-041)




『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。


これまで
「弱者の戦略」で一点突破
トレードオフ・マトリックス
インパクト重視フリー戦略
価値逓増型サプライチェーン
市場創造型逆張り投資
の5つをご紹介してきました。


残る1つは、横展開式ドミナント戦略
です。


 黒霧島の場合、博多を攻略した後、同サイズの

 市場である広島と仙台を攻め、首都圏や関西

 などの大消費地を後回しにした。

 K.I.T.虎ノ門大学院の三谷(宏治)教授は

 「1つのドミナントを成功させたら同等の市場を

 攻めるのは横展開。一方、地方から一足飛び

 に大消費地に攻めこむのはパラシュート型と

 区別できる」と言う。


 最もうまみがありそうに見える東京攻略を後回し

 にする。その選択もまた、黒霧島の全国制覇を

 支えた重要な要素と言えそうだ。
 

  (P.041) 



理論派社長の江夏順行(左)と、弟で企画力<br />豊かな専務の拓三。2人が霧島酒造を変革した

理論派社長の江夏順行(左)と、弟で企画力
豊かな専務の拓三。2人が霧島酒造を変革した

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.041)





PART3 クロキリ戦略を
大企業のグローバル化に応用する


最終のこのパートでは、霧島酒造の戦略、
「クロキリ戦略」は一企業だけに通用すること
ではなく、大企業のグローバル化にも応用できる、
と『日経ビジネス』取材班は考えました。


このパートは、最も『日経ビジネス』らしい視点だ、
と思います。


その概要をお伝えします。


 黒霧島は、徹底的にマーケットインの

 発想で作られた商品
だ。

 霧島酒造は、「芋の風味が苦手」という市場の

 声に耳を傾けた結果、「芋臭くない芋焼酎」の

 開発に邁進した。必要とあれば自社のコア技術

 すらも捨てる顧客視点。それがあったからこそ

 黒霧島は、全国的に流通したと言える。


 自社のコア技術にこだわり、プロダクトアウトの

 発想の下、国内市場で売れているものを多少

 改良して展開するという方法を続けている企業も

 ある。 
 

  (P.042) 


マーケットインとは顧客志向の発想で、
プロダクトアウトはメーカー志向の発想です。


前者は顧客の求めるものを作り、販売するという、
消費者・生活者側の論理であり、後者は自分たち
が作りたいもの・売りたいものを提供するという、
提供者側の論理です。


霧島酒造の地元は宮崎県都城市です。
九州には麦焼酎や米焼酎に根強い人気がある、
蔵元がありました。


私は、残念ながら、アルコール類の知識も経験も
乏しいため、充分に説明できませんが、麦焼酎、
米焼酎、芋焼酎それぞれが好きな人たちがいる
地域は、「異文化圏」と言っても良いのではない
でしょうか。言葉が違うという意味です。


霧島酒造は「異文化圏」に打って出たのです。
そこは「アウェー」です。「アウェー」で勝負するには、
自社製品の魅力を理解してもらわなければなり
ません。


伝え方が大切ですし、試飲という地道なキャンペーン
活動も欠かせないでしょう。また、販売店へのこまめな
訪問活動も大切でしょう。


さらに、「五感に訴えかける商品開発が大事」になる
ことは、言うまでもありません。


こうした諸々のことがらは、そっくりそのまま海外の
お客様へのアピールにも当てはまります。


 言葉や文化の壁がある分、五感に

 訴えかける商品開発が大事
になる。

 さらに、クロキリ戦略は、異文化エリアでは

 商品の魅力の使え方がより重要になる

 ことも改めて示している。
 

  (P.043) 


霧島酒造は「黒霧島」だけでなく、「霧島」を強調する
商品展開をしています。


 霧島酒造は、黒霧島がヒットした後は、

 「赤霧島」「茜霧島」「金霧島」とシリーズ

 製品を展開。消費者に「芋焼酎=霧島」

 というイメージを植え付けた。

 「これは、ブランドエクステンション

 と呼ばれる手法。独BMWが、BMWという

 ブランド名を軸に、車種によって3、5、7

 シリーズなどと拡張しているのが典型例で、

 新市場に製品を投入する際、より早い時間
 
 でブランドを浸透させる効果がある」
 
 (ブレインゲイトの酒井光雄社長)。
 

  (P.043) 


霧島酒造の戦略を分析していくと、大企業の
グローバル化に応用可能な点が多々あること
に気づきます。


『日経ビジネス』は最後にこう語っています。


 実績も土地勘もない宮崎県外の市場を

 次々に攻略し、全国制覇を達成した

 霧島酒造。その戦略に、大企業が見習う

 べき点は決して少なくない。
 

  (P.043)



3回にわたって「黒霧島」の老舗蔵元、霧島酒造の
歴史とクロキリ戦略についてお伝えしてきました。
知らないことが多く、大変参考になりました。


今後、「黒霧島」をはじめ、焼酎を飲むかどうかは
決めていませんが、今特集記事を読んで、商品開発
の裏には「ドラマ」がある、とつくづく実感しました。
久しぶりに、少し、気持ちよく酔った気分です。


少し気負いすぎた点は、ご容赦ください!
(焼酎の話で酔ったから?)


長文であるのにもかかわらず、最後まで読んでいただき、
本当にありがとうございました。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。




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記録ずくめの最強メーカー 黒霧島 5000日戦争 老舗蔵元の「反常識」経営 2014.11.10 <2>



日経ビジネスの特集記事(81)

記録ずくめの最強メーカー
黒霧島 5000日戦争
老舗蔵元の「反常識」経営
2014.11.10



今週の特集記事のテーマは

1998年の発売以来、「焼酎500年史」に例がない
快進撃を見せ、その結果、霧島酒造は2012年、
売上高で三和酒類を抜き日本一に躍り出た。
その成長力や収益力は名だたる大企業すら圧倒し、
今や同社は、1990年大後半以降のデフレ下で
最も事業拡大に成功した最強国内製造業の一社と
言っていい。
老舗蔵元の戦略には、業界の常識を否定し自社に
最適化した、多くの最新経営理論が盛り込まれていた
 (『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.026)

ということです。


記録ずくめの最強メーカー 黒霧島 5000日戦争 老舗蔵元の「反常識」経営

記録ずくめの最強メーカー
黒霧島 5000日戦争
老舗蔵元の「反常識」経営

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 表紙)




今特集記事は「黒霧島」という焼酎の老舗蔵元、
霧島酒造の経営戦略等にスポットを当てています。


「黒霧島」という同社を代表する焼酎の話が、
多く出てきますが、決して酒類の話だけでは
ありません。


そこは、『日経ビジネス』ですから、ビジネスの
観点から分析し、霧島酒造の驚くべき経営の
秘密を余すところなく描いています。


あなたは「黒霧島」をご存じですか?
飲んだことはありますか?


前口上はこれくらいにして本題をスタートしましょう!



PART2 完全ドキュメント 創業80年目の一念発起
「黒霧島」、全国制覇への5000日


このパートでは、3代目就任から霧島酒造が
変貌した経緯からお伝えしていきます。


再来年で100周年を迎える同社が、
創業者イズムを否定してまで改革に乗り出した
経緯に着目して、ご覧ください。


一朝一夕では改革はできませんが、
トップの高い志と、最後までやり抜く強い意思は、
不可欠だったでしょう。


前回は、第1章 1996年春 3代目、就任
をご覧頂きました。


急逝した先代の後継者となった、二人の兄弟の
大胆な決断が、その後の霧島酒造の快進撃の
原動力となりました。



第2章 1998年夏 黒霧島、誕生

いよいよ「黒霧島」の登場です。
「黒霧島」が発売されたことで、焼酎業界の
勢力図は書き換えられました。



 当時は大半の蔵元がすっきりと仕上がる白麹

 を用いて仕込んだが、味に深みやコクを出せる

 黒麹の商品が地元の酒飲みに受けた。

 発売は87年。10年近く過ぎて市民権を得つつ

 ある状況を見て、霧島酒造社長の江夏順行に

 あるアイデアが芽生えた。

 「黒という新しいカテゴリーを本格的に作り、戦争

 を仕掛ける」。こうして「黒霧島」開発の火蓋が

 切られた。
 

  (P.032)


ところが、営業部隊の反応は冷ややかだったそう
です。営業マンたちは現状を見て判断します。
「時代の流れは『脱芋』『脱九州』」(P.032)という
言葉で、「麦や米の焼酎に力を入れるべき」(P.032)
と一歩も譲らなかったといいます。


そこで、順行さんは新商品開発を社内の特命
チームに託すことになります。


 不本意ながら麦や米の焼酎の開発を検討

 しつつも、順行は「黒い芋焼酎」開発を社内

 の特命チームに託した。その一人は、先代

 社長の順吉に薫陶を受けた奥野博紀だ。

 奥野は地元宮崎大学で微生物を学び、

 霧島酒造に84年入社。入社当時は焼酎を

 一滴も飲めなかった奥野だが、入社1年目

 から順吉の補佐に抜擢された。

 「ブレンダー」の見習いである。

 実は、先代の順吉が社長室をもぬけの殻に

 したのは機械作りに加え、75年から焼酎の

 ブレンドに病み付きになったからでもある。
 

  (P.032) 


ある意味では、特命チームに新商品開発を
託したのは、「密造酒」作りとも言えます。


ですが、任を受けた特命チームは極秘裏に
開発を進めなけばなりません。バックアップ
してくれる大人物が必要です。


その役割を果たしたのが、順行さんの弟で
専務の拓三さんだったのです。


 奥野をフォローしながら、開発の陣頭指揮

 に立ったのが、専務の拓三だ。

 
 拓三は発想を思い切って切り替える。

 芋焼酎だから芋臭くないといけない

 という考えを捨てた
のである。
 

  (PP.032-033)


ここで重要な役割を果たしたのは、水でした。
米どころと言われる地域は、皆、水量が豊富で、
水が美味しいと言われます。


新潟県、秋田県、岩手県そして、日本一の
米どころ北海道などもそうですね。


 開発を進める上で強みになったのが工場

 周辺で湧き出る水だ。拠点を置く都城は

 霧島と桜島の間の盆地に位置し、火山灰

 の影響で水はけが良いシラス台地として

 形成された。地下150mに40億トンとも

 見込まれる水が自噴し、霧島酒造は先代

 の順吉が55年に掘削に成功。

 適度なミネラルと炭酸ガスを含む水が存分

 に使えることは、新しい芋焼酎を作る上で
  
 大きな助けとなった。
 

  (P.033) 

一歩一歩、商品化を進めていったのですが、
さらに重要な決断をしました。ラベルの色です。


専務の拓三さんは、「インパクトを重視し黒に
金地を提案」、営業側の猛反発を退け、
「自分の考えを貫き、黒霧島が世に生まれた」
そうです。98年6月のことだったといいます。


『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。


1つ目は、「弱者の戦略」で一点突破
でした。


2つ目は、トレードオフ・マトリックス
です。


 「従来の芋焼酎」から脱するには、芋風味を

 弱くするか、大量生産するか、どちらかの

 選択しかなかったのが業界の構図。この2つ

 はトレードオフ(二者択一 註:藤巻隆)の関係

 にあった。霧島酒造はこれを結果として否定し、

 「芋臭くないメジャー焼酎」を作り出すことに

 成功した。
 

  (P.033) 


下図をご覧ください。
「霧島」と「黒霧島」の比較が掲載されていますが、
私の五感では、その違いが分かりません。
焼酎に詳しい方なら、この違いが手に取るように
理解できることでしょう。


芋焼酎なのに芋の香りを抑制

芋焼酎なのに芋の香りを抑制

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.032)


レーダーチャートの上から時計回りに、「あまみ」「うまみ」
「後切れ」「原料香」「まるみ」の5項目で表しています。


「霧島」はほとんど正五角形をしていますが、「黒霧島」は
「後切れ」を強く出し、「原料香」を大幅に減らしています。
五角形の形状を比較すれば、一目瞭然です。



第3章 2001年夏 決戦、福岡

新商品開発が済んだら、次にやるべきことは
「黒霧島」をいかにしてお客様に知ってもらうか
です。


とにかく、商品名を知ってもらわないっことには
始まりません。そして、飲んでもらうことです。


そこで展開したことは、ビール業界に激震を
起こした試みが参考になったのです。


住友銀行(現三井住友銀行)副頭取から
アサヒビール社長に転籍した、樋口廣太郎さん
は「キレがあってとコクがある」というイメージ
を実感してもらうために、全国的な試飲キャン
ペーンを実施しました。


スーパードライは確固たる地位を築き、
万年4位だったアサヒビールを首位に押し
上げる原動力になったのです。


樋口さんの企画力の勝利と言えます。


霧島酒造の話に戻します。
焼酎業界では前代未聞の販促キャンペーンを
敢行したのです。アサヒビールの販促キャン
ペーンを手法を真似ただけではなく、一捻り
したのです。


 黒霧島は「朝」「駅」で出勤前のサラリーマン

 に配布した。当然、サンプルは「職場」に
 
 持ち込まれる。

 最大の目的は話題作りにある。


 「今までにない商品なので、とにかく

 飲んでもらうしかないと思った」

 1993年入社の営業マン、小出水政義

 は当時、夕方2000本の無料サンプル
 
 を翌朝のために用意したと言う。
 

  (PP.034-035)


つまり、「昔ながらの“ドブ板営業”も大きな
効果を発揮
した」(P.035)のです。


そしてもう一つ奏功したのは、「ハローレディー」
を活用し、地道な販促活動を継続したことです。


 あえて女性の販促部隊を組織したのは、

 福岡という“アウェー”で突破口を開くには、

 その方が有利と判断したからだ。


 「女性ならではの視点で、お店をこんな

 レイアウトにしたらどうかと提案してもら

 える」。北九州市で「酒のフジヤ」を経営

 する山岡一幸は、ハローレディーによる

 営業を高く評価している顧客の一人だ。 
 

  (P.034)


インパクトのある戦略と、地道な販促を継続して
行なうことが重要だ、と分かります。



『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。

1つ目は、「弱者の戦略」で一点突破で、
2つ目は、トレードオフ・マトリックス
でした。


そして、3つ目は、インパクト重視フリー戦略
です。


 霧島酒造は「朝」「駅前」で配布し「職場に

 持っていかせる」という戦略で、訴求力を

 倍増させた。

 熱意と工夫、アイデア次第では、たとえ

 資金力に限りがある中小企業でも、

 大企業を打ち負かすプロモーションは

 可能になる。
 

  (P.035) 



下図をご覧ください。
「博多の飲食店では女性が黒霧島を飲む姿が
どこでも見られる」というキャプションが付いて
います。


博多の女性は焼酎好き? 
それとも黒霧島が好き?


博多の飲食店では女性が黒霧島を飲む姿が<br />どこでも見られる

博多の飲食店では女性が黒霧島を飲む姿が
どこでも見られる

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.035)




第4章 2004年秋 生産革新

黒霧島が大ヒットして難問が持ち上がりました。
注文に生産が追いつかなくなったのです。


品切れを起こしてしまったのです。
機会損失です。


営業部員は、多くの酒類販売店主や、
小料理屋の女将たちからもお叱りを
受けました。


その原因は、原材料である「芋」の収穫時期に
ありました。


 芋焼酎には決定的な弱みがあった。

 芋はすぐに傷んでしまい保存が利かない。

 このため、通常の方法では、芋の収穫

 できる9月がら12月まで、年間100日

 しか工場を稼働できないのだ。
 

  (P.036)


そこで生産力を麦や米並みに引き上げる方法
はないか、と検討した結果、あるアイデアを
思いついたそうです。それは、「冷凍芋」の活用
でした。


 原料を冷凍して仮に1年中保存できれば、

 100日どころか、通年で芋焼酎を生産

 することが可能になる。
 

  (P.036)


ところが、均質な芋がなかなか手に入らないことが
分かり、「通年生産するには農家を囲い込む
しかない」
(P.037)という結論に至ったそうです。


芋の冷凍保存方法にも難題が浮上しました。
試行錯誤の末、ノウハウを蓄積していきました。


 「冷凍室」でマイナス35度に急速冷凍

 すると、芋はクギを打てるほどカチンカチン

 の状態になる。それを、芋の収穫期が

 終わった後の仕込みに使うのだ。


 霧島酒造は、通年生産の達成と同時に、

 酒類業界全体でも珍しい、大規模な

 農家の囲い込み
に乗り出す。
 

  (P.037)


農家の囲い込みのために、霧島酒造は大胆な
仕組みを取り入れました。


それは、「豊作、不作にかかわらず、毎年、
栽培面積に応じ、一定の収入を保証する
仕組みを取り入れた」(P.038)のです。


Win-Winの関係の構築ですね。


生の芋を収穫できない時期に、<br />この冷凍芋で生産する

生の芋を収穫できない時期に、
この冷凍芋で生産する

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.037)



『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。


1つ目は、「弱者の戦略」で一点突破で、
2つ目は、トレードオフ・マトリックス
でした。


そして、3つ目は、インパクト重視フリー戦略
でした。


4つ目は、価値逓増型サプライチェーンです。


 サプライチェーン全体に利益をもたらし、

 「ウィンウィン」の関係を提供するそのさまは、

 米アップルが音楽配信サービスで確立した

 エコシステムに近い。ブレインゲイトの酒井

 (光雄)社長は、「時間が経てば経つほど、

 互いの利益が増える価値逓増サプライ

 チェーン」と表現する。 
 

  (P.037) 


今回は、非常に長いブログとなってしまいました。
できるだけ霧島酒造の戦略等をお伝えしようと
したために、多くを盛り込み過ぎたかもしれません。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました。



最終回は、「PART2 『黒霧島』、全国制覇への5000日
第5章 2006年夏 大型投資」ほかをお伝えします。






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記録ずくめの最強メーカー 黒霧島 5000日戦争 老舗蔵元の「反常識」経営 2014.11.10 <1>



日経ビジネスの特集記事(81)

記録ずくめの最強メーカー
黒霧島 5000日戦争
老舗蔵元の「反常識」経営
2014.11.10



今週の特集記事のテーマは

1998年の発売以来、「焼酎500年史」に例がない
快進撃を見せ、その結果、霧島酒造は2012年、
売上高で三和酒類を抜き日本一に躍り出た。
その成長力や収益力は名だたる大企業すら圧倒し、
今や同社は、1990年大後半以降のデフレ下で
最も事業拡大に成功した最強国内製造業の一社と
言っていい。
老舗蔵元の戦略には、業界の常識を否定し自社に
最適化した、多くの最新経営理論が盛り込まれていた
 (『日経ビジネス』 2014.11.10 号 P.026)

ということです。




(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 表紙)




今特集記事は「黒霧島」という焼酎の老舗蔵元、
霧島酒造の経営戦略等にスポットを当てています。


「黒霧島」という同社を代表する焼酎の話が、
多く出てきますが、決して酒類の話だけでは
ありません。


そこは、『日経ビジネス』ですから、ビジネスの
観点から分析し、霧島酒造の驚くべき経営の
秘密を余すところなく描いています。


私事になりますが、酒はほとんど飲みません。
洋酒、日本酒、ワインは今では全く飲みませんし、
ビールも年に数回ほどです。


以前は、ワインを就寝前にワイングラスに3分の1
位くらい注いで、飲んでいたことがありましたが、
現在では全く飲んでいません。


焼酎は、30代後半から40代後半頃まで、
会社の付き合いの席で、飲んでいたことがあります。
下町のナポレオンという愛称がついた「いいちこ」は、
飲みやすかったという記憶があります。


そのような状況でしたので、アルコール類については、
詳しくありません。ですから、『黒霧島』という名の焼酎
は知りませんでした。


ちなみに、タバコも吸いません。59年間一度も直接
吸ったことはありません。


副流煙、つまり間接喫煙はかなりしました。
間接喫煙の方が悪影響が大であるそうですが・・・。
現在では、周囲に喫煙者がいないので、副流煙に
悩まされることはありません。


あなたは「黒霧島」をご存じですか?
飲んだことはありますか?


前口上はこれくらいにして本題をスタートしましょう!



PART1 記録ずくめの全国制覇
こんな会社、見たことない


最初に、霧島酒造の歴史を振り返ってみましょう。
再来年で100周年を迎える老舗蔵元です。


 大正5(1916)年から宮崎県都城市で

 芋焼酎の製造を開始し、再来年で創業

 100周年を迎える老舗蔵元。だが、90

 年代後半までは、マイナーな中小蔵元の

 一つだった。

 歴史が変わったのは黒霧島の発売からだ。

 その大ヒットにより霧島酒造は麦焼酎

 「いいちこ」で業界の王者に君臨していた

 三和酒類を販売量で逆転。一躍、全国区

 の知名度を持つ酒造会社となった。   
 

  (P.028)


『日経ビジネス』は霧島酒造について、
下記のような感想を書いています。
『日経ビジネス』がこれほどまでに強調する
ケースは滅多になく、特筆すべきことだ、
と思っています。


 霧島酒造が実現した全国制覇は、

 日本の産業史に刻まれるべき

 歴史的快挙
――。本誌はそう

 考える。
 

  (P.028)

『日経ビジネス』は、霧島酒造に着目すべき点を
4つ挙げています。

成長力 デフレ下で売上高7倍

事業展開力 14年間で全国一の銘柄に

収益力 中小製造業の4.5倍

革新力 業界勢力図を一変


まず、成長力 デフレ下で売上高7倍
について


 帝国データバンクに調査を依頼すると、

 「15年前の売上高が80億円以上で、

 かつ現在の事業規模が当時の7倍以上」

 という条件をクリアしたのは92社だけ

 だった。これは、帝国データバンクが業績を

 把握する全国約145万社の0.006%で

 しかない。


 霧島酒造のように、独立系でM&A(合併・

 買収)を実施せず7倍以上の成長を遂げた

 製造業は、ノーベル物理学賞の中村修二氏

 がかつて所属した日亜化学工業1社しかない。 
 

  (PP.028-029) 

「成長力」一つとっても、霧島酒造は凄い会社で
あることが分かります。


事業展開力 14年間で全国一の銘柄に
については、『日経ビジネス』取材班は、
このように解説しています。


 事業展開速度も速い。黒霧島の発売から

 14年目に会社の売上高で焼酎業界の

 首位を奪取。翌年には全国9地区すべて

 で10%以上のシェアを確保した。
 

  (P.029)


収益力 中小製造業の4.5倍については、
これも突出しています。


 収益力も突出する。日銀の全国企業短期

 経済観測調査によると、トヨタ自動車や

 キャノンを含む国内大企業(製造業)の

 売上高経常利益率(過去10年平均)は

 約5%。霧島酒造は14%に上り、大企業の

 収益力を3倍近く上回る。
 

  (P.029)


そして、最後は革新力 業界勢力図を一変
について。


 黒霧島の普及は、焼酎市場全体にも

 大きなインパクトを与えている。その

 最たるものが原料別の焼酎消費量

 への影響だ。15年前に「麦」は「芋」

 を3倍ちかく上回ったが、現在は芋が

 麦を逆転。最大の要因は黒霧島の

 ヒットだ。霧島酒造たった1社で、

 焼酎業界の勢力図を塗り替えたとも

 言える。 
 

  (P.029)


このパートでは、霧島酒造の概要をお伝えしました。


次のパートでは、全国制覇への5000日を完全
ドキュメントでお伝えします。


私は、黒霧島という焼酎そのものより、霧島酒造の
経営の秘密にとても興味を持ちました。




PART2 完全ドキュメント 創業80年目の一念発起
「黒霧島」、全国制覇への5000日


このパートでは、3代目就任から霧島酒造が
変貌した経緯からお伝えしていきます。


再来年で100周年を迎える同社が、
創業者イズムを否定してまで改革に乗り出した
経緯に着目して、ご覧ください。


一朝一夕では改革はできませんが、
トップの高い志と、最後までやり抜く強い意思は、
不可欠だったでしょう。


第1章 1996年春 3代目、就任

PART1では霧島酒造の概要をご覧頂きました。
ここからは、『日経ビジネス』は全国制覇への
5000日をドキュメントで伝えています。


テレビはめったに観ませんが、ドキュメントには
とても興味がありますので、ワクワクしながら
読みました。


そんな気持ちをお伝え出来たらよいのですが。
霧島酒造は大きな危機に見舞われました。


 1996年4月3日。霧島酒造2代目社長の

 江夏順吉が腹膜炎で急逝した。享年80歳。

 突然の父の死に、息子の順行と拓三は顔を

 見合わせ絶望に打ちひしがれた。

 5日後に臨時株主総会が開かれ、順行が社長。

 拓三が専務に慌ただしく就任。経営の全責任を

 40代の兄弟が背負うことになった。 
 

  (P.030)


いつか、その日が来るとは考えてはいたでしょうが、
いざ、その日が来るとなかなか決断できないもの
です。後任の二人の兄弟は強い決意で臨んだこと
でしょう。


先代の順吉さんの経営姿勢を知ることが重要だ、
と思います。後継の二人が先代の経営を否定する
ことになったからです。『日経ビジネス』は、経緯を
このように明かしています。


 順吉が社長を受け継いだのは戦後4年目の

 49年だ。旧東京帝国大(現東京大学)で応用

 化学を学んだ秀才が実践したのは、品質最優先

 の経営だった。

 大の機械好きとあって、芋の蒸し釜や蒸留機は

 自ら作り、焼酎の品質の改善に没頭した。


 ただその一方で、営業力の強化などには関心が

 薄かった。「良いものを作れば、おのずと売れる」

 が信念。


 販促やマーケティングに興味がなく、それが2度の

 焼酎ブームに乗り遅れる遠因となってしまう。


 地元の宮崎県内では焼酎市場の6割近いシェアを

 握った。ただ、営業力が脆弱な分、知名度の低い

 県外での販売量は一向に伸びない。
 

  (PP.030-031) 


先代の順吉さんは研究者あるいは、職人気質の
経営者だったのです。


順行さんが3代目に就任して決断したことは、
先代の経営姿勢を否定することでした。
ただし、否定だけではなく、トレードオフ(二者択一)
でもなく、相反することを両立させることでした。


そんなことが可能なのか、と思いますよね?


 熟慮の末、順行がまず打ち出したのが

 品質を維持しつつも宮崎の外に

 戦いの場を求める
ことだった。


 霧島酒造は80年もの歴史を持つ老舗だ。

 それでも順行は、父が貫いた経営を思い

 切って否定し、転換した。
 

  (P.031)


ただ、否定しただけではなかったことは、次の解説を
読むと納得できます。 決して拙速ではなかったの
です。


 直ちに県外での営業力強化などに乗り出さず、

 まず県外市場で勝てる新商品づくり

 に経営資源を徹底集中
することを

 決めたのだ。「今のうちの商品力では、県外に

 出ても白波やいいちこには勝てない」と考えた

 からだ。
 

  (P.031) 


では、どのようなコンセプトで商品化しようとしたの
でしょうか? それはアルコール類に興味が無い
人でも、皆、そのブランドを知っている「あの商品」
のような焼酎だったのです。


 順行は新商品開発に会社の命運を賭けること

 を決めた。頭にあったのは、ビール業界の構図

 一変させたアサヒビールの「スーパードライ」
 
 のような商品だった。 
 

  (P.032)


後に分かりますが、「スーパードライ」の販売戦略を
手本にしたようなところがあったことに気づきます。


『日経ビジネス』取材班は、「全国制覇を支えた戦術」
として6つ挙げています。

1つ目は、「弱者の戦略」で一点突破です。


 拠点展開と市場調査・商品開発を同時並行的に

 進め時間を節約する戦略の方が生き残りの確率

 は高まるように映る。だが同社はリスク覚悟で、

 商品開発に資源を集中した。
 

  (P.031) 



下図をご覧ください。
九州焼酎戦争の様子が伝わってきます。

九州焼酎戦争 主な酒造会社

九州焼酎戦争 主な酒造会社

(『日経ビジネス』 2014.11.10 号 PP.030-031)




次回は、「PART2 『黒霧島』、全国制覇への5000日
第2章 1998年夏 黒霧島、誕生」ほかをお伝えします。






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藤巻隆

Author:藤巻隆
管理人の藤巻隆です。

以前、ジュゲムブログで、
同タイトルの
「日経ビジネスの特集記事」
を書いていました。

しかし、使い勝手があまり
よくなかったので、
FC2ブログで新たにスタート
することにしました。

現在(2013.10.16)、ブログの
引越を行っているところです。

FC2ブログでは、2013.10.14号
が最初のブログということに
なります。


2013年10月16日記す。

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