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遺 言 日本の未来へ 2014.12.29 <3>



日経ビジネスの特集記事(88)

遺 言
日本の未来へ
2014.12.29



今週の特集記事のテーマは

戦後70年――。2015年、私たち日本人は一つの
節目を迎える。
日経ビジネスは2014年最後の特集に、
戦後のリーダーたちの「遺言」を選んだ。
焼け野原から輝ける時代を築いた当事者には、
若い世代にはない強靭な視座がある。
未来を拓くために受け継ぐべきものが、ここにある
 (『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.024)

ということです。



『日経ビジネス』編集部は、2014年最後の特集で、
各界で大きな業績を残した人たち34名を選出しま
した。


中には、一般にはあまり知られていない人物もいる
かもしれません。私も、34名全員のプロフィールや
業績を知っているわけではありません。


そこで、34名の中で、「私」が著作やメディアなどを
通じて、認識している人たちを選び、その方たちが
語った内容の一部をご紹介することにします。


尚、今号の特集は36ページ(24~59ページ)と、
通常号の1.5倍のボリュームがあるためか、
「編集長インタビュー」が掲載されていません。
そのため、毎週投稿している、「日経ビジネスの
インタビュー」は、今特集の「大トリ」を飾る、
京セラ・日本航空名誉会長、稲盛和夫さんにいた
しました。

ブログは→
日経ビジネスのインタビュー(152) 経営と美徳を広める導師




遺言 日本の未来へ

遺言 日本の未来へ

(『日経ビジネス』 2014.12.29 号 表紙)




今特集のスタートページ

今特集のスタートページ

(『日経ビジネス』 2014.12.22 号 PP.024-025)




第1回は、
「第1章 未来の経営者へ」を取り上げました。


第2回は、
「第2章 未来の創造者へ」を取り上げました。


最終回は、
「第3章 未来のリーダーへ」
「第4章 未来の日本人へ」
をご紹介します。


全3回にわたって『日経ビジネス』の特集を
2014年の年末から2015年の年始にかけて
お伝えすることになります(2014年12月31日~
2015年1月2日)。




『日経ビジネス』編集部が選んだ、戦後のリーダー
たちは、起業家、経営者、俳優、政治家、学者、作家、
ファッションデザイナー、元国連職員、登山家、脚本家、
高僧、侍従長、現役助産師、長崎被爆者語り部
と多士済々です。


34名の方々全員の「遺言」をお伝えすることは
できませんが、お名前(肩書)は全員ご紹介します。


さらに、今回は、各界の方々が語った「遺言」に
個別にコメントすることはやめ、各章ごとに総括的
に私の考えを語る、という形式にします。


また、各章の最初に、『日経ビジネス』編集部が
選んだ戦後のリーダー全員のお名前と肩書を
掲載します。


尚、日経ビジネスオンラインで、
連載「遺言 日本の未来へ」が2015年1月5日
からスタートし、インタビューの詳細を掲載して
いくそうです。ぜひご覧ください!

日経ビジネスオンラインのサイトは→
http://business.nikkeibp.co.jp/




では、本題に入りましょう!


第3章 未来のリーダーへ

細川護煕(元首相、陶芸家、茶人)
村山富市(元首相) 
小宮隆太郎(東京大学名誉教授)
速水融(国際日本文化研究センター名誉教授、
     慶應義塾大学名誉教授、麗澤大学名誉教授)
明石康(国際文化会館理事長)
槇原稔(三菱商事特別顧問)
堺屋太一(作家、評論家)
<注:赤文字のお名前の方々の「遺言」を
ご紹介します。>


1人目は、元首相、陶芸家、茶人の
細川護煕さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.044



元首相、陶芸家、茶人 細川護煕 氏
55年体制崩し 改革を夢見た「殿」


 総理になって最初の所信表明演説で「質実国家」

 と言いました。経済成長一本やりでなくて、生活の

 量より質に重点を置いた文化の香り高い、品格や

 教養のある国とでも言いましょうか。

 同様のことは昔から幸田露伴も夏目漱石も吉田

 兼好も良寛さんも言っています。戦前とか戦後とか

 関係ない。いつの時代でもある普遍的な価値観です。


 教育しかありませんね。画一的な教育から脱し、

 学校も子供も自由な発想で競争させる。似た人材を
 
 大量生産しても、どうにもならないですから。
 

  (P.044)



2人目は、元首相の村山富市さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.045



元首相 村山富市 氏
戦後の日本を総括した首相


 戦後50年の節目に、村山内閣でないとできない

 ことをやらせてもらった。戦後の後始末をきちっと

 つけて、日本が前に進む方向を定めた。


 今になってまた右傾化してきた。僕が総理をして

 いた頃より、平和も民主主義も退化してきた。


 国は選挙で変える以外ない。国民が主権者だと

 いう意識を持ってやっていく。


 国民が変われば、リーダーも必ず変わる。

 若い人は少しずつ変わってきておるよ。だから

 希望は持ってる。希望持たなきゃやれんわ。
 

  (P.045)



3人目は、東京大学名誉教授の小宮隆太郎さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.046



東京大学名誉教授 小宮隆太郎 氏
“経済学学”の天敵


 1960年頃、一橋大の都留重人先生が

 「日本の経済学者は経済ではなく、経済学

 を学んでいる。いわば経済学学だ」と批判

 されていた。私もそれに同調しました。

 
 経済学は自然科学と違い、実証実験が

 できない。だから実際の現象を分析するほか

 ない。現実の観察とセオリー(理論)、どちら

 だけを積み上げても意味がないのです。


 議論を恐れず、時には少数派になることを

 恐れず、積極的に背景の異なる人々と触れ

 合うのが大事です。


 間違ったら引っ込めればいい。袋叩きにあって

 もめげずに「人と違うこと」を考えてほしいですね。 
 

  (P.046)



第3章の最後は、作家、評論家の堺屋太一さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.049



作家、評論家 堺屋太一 氏
戦後経済のプランナー


 私は今、「3度目の日本」をつくろうと呼びかけて

 いるんですよ。「1度目の日本」は明治日本。

 軍人と官僚の専制で、強い日本を目指した時代

 でした。

 「2度目の日本」は戦後日本。官僚主導で「豊か

 で安全の日本」を目指しました。


 バブル崩壊後、成長路線は破綻、安全だけを

 目指しています。官僚はものすごい正義感を

 持ってその路線に今も固執している。

 この官僚制度を破壊するのが、「3度目の日本」

 です。今や日本は世界一安全です。だけど、

 全然楽しくない。


 3度目の日本は、「楽しい日本」「多様な社会」

 にしなきゃいけない。
 

  (P.049)



この章のキーワードは、
信念を持って発言し、行動せよです。

第3章に登場した方々は、一家言持ち、行動してきた
人たちばかりです。


もちろん、その結果、上手くいかなかったり、志半ば
に終わった人たちもいます。


ですが、たとえ少数派であっても、
信念を持って発言し、行動
してきたのだろう、と考えています。




前回、次のように書きました。

「通常号と異なり、大半を独り語りで、「遺言」を
残すという形式を取り、『日経ビジネス』編集部
は前面に姿を現さないという、姿勢を最後まで
貫き通しています。

それは、各人の「遺言」の中身が重要である、
と考えているからに他なりません」。


ところが、唯一、見開き2ページ(PP.050-051)で、
犬養道子さん(犬養毅元内閣総理大臣の孫)の
言葉をひいて、『日経ビジネス』編集部が記事を
書いています。


 犬養道子、93歳。第29代内閣総理大臣の

 犬養毅を祖父に持ち、戦争に向かっていく

 日本の中枢を、幼心に見つめていた人物だ。

 「失礼な言い方だけど、今の世の中は型紙

 の中に押し込められているみたい」


 犬養毅は死の数日前、わざわざ時間をとって

 道子に1つの書を与えた。書かれていた文字

 は「恕(じょ)」。他人の心情を察し、思いやる

 という意味の言葉だ。道子は2014年、同じ言葉

 を未来の日本に向けてしたためた。

 「犬養の家で本当に良かったと思うのは、

 人間に差がなかったこと。当時はお便所に

 くみ取りの人が来るでしょ。うちにはいつも

 朝鮮の方が来ていた。ある時、ママに言われ

 て飴玉をあげたの。そしたら、おじさんの目

 から涙がこぼれた。それで私、日本人も人を

 悲しませているって気付いたの」


 何を是とし、何を否とするのか。人間の価値観

 とは本来、他人に依拠するものではない。

 民主主義もまた根源的に異なる意見の存在を

 前提にしている。個人の思いがあって初めて、

 政党はそれを束ねる求心力を発揮できる。

 逆に言えば確固たる信念を貫く「個」がなければ、

 人は執拗に同調を求めてくる世間の空気に流され

 やすくなる。


 この特集で本誌は、終戦前に生を受けた方々に

 話を聞いた。彼らの多くが口にしたのは、有限で

 ある命の貴さと、その命を他人の価値観に頼って

 生きることのむなしさだ。


 戦後リーダーたちの「遺言」が示すことは、時代の

 天窓を開くものは、自己の可能性を堂々と追求する

 個をおいてほかにないということだ。


 終戦からじきに70年が過ぎる。戦後の変遷について

 語れる人は、もう決して多くない。混迷を抜け出せない

 我々が受け継ぐべきものは、戦争の悲惨さだけでは

 ない。復興と成長の武勇伝でもない。かくしゃくと自ら

 の道をゆく、彼らの生き様そのものだろう。
 

  (PP.050-051)

『日経ビジネス』編集部の以上の言葉は、
今特集のテーマの総括と言えます。


私の拙い解説を加えるよりも、はるかに
大切なことを語っていると思います。




第4章 未来の日本人へ

三浦雄一郎(プロスキーヤー、登山家)
倉本聰(脚本家) 
有馬頼底(臨済宗相国寺派管長、京都仏教会理事長)
石原まき子(石原プロモーション会長)
西村京太郎(作家)
渡辺允(元侍従長)
坂本フジヱ(現役助産師)
尾畑正勝(長崎被爆者で語り部)
<注:赤文字のお名前の方々の「遺言」を
ご紹介します。>


1人目は、プロスキーヤー、登山家の
三浦雄一郎さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.052



プロスキーヤー、登山家 三浦雄一郎 氏
攻め続ける登山家


 エベレストの山頂では、20歳の登山家の

 肉体年齢が90歳くらいになる。つまり僕が

 80歳で登ると体感的には150歳くらい。

 逆に言うと、150歳までは生きられるのかな

 と思うんです。

 あと10年もしたら、60歳の誕生日を2回

 迎える、120歳の「大還暦」がテーマになる

 はずです。100年生きるのも当たり前。

 そうなると人間は、80歳からでも100歳に

 向かって挑戦できる。


 人間も国も企業も、夢を持ってチャレンジし

 続けることです。
 

  (P.052)



2人目は、脚本家の倉本聰さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.053



脚本家 倉本聰 氏
森の時間を描く脚本家


 「豊か」という言葉を辞書で引くと「リッチにして

 幸せなこと」とある。幸せというのは今に満ち

 足りていることです。日本は、リッチではある

 けど幸せがなくなっちゃった。


 僕はね、前年比という言葉が分からないんです。

 みんな前年より伸びないとダメと言うけど、前年

 と同じでいいじゃない。今の日本の「前年比感覚」

 は自然と矛盾している気がするんですよ。


 前年比一辺倒から離れること。そこに本当の

 豊かさがあるはずです。
 

  (P.053)



第4章の最後は、作家の西村京太郎さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.055



作家 西村京太郎 氏
特急を嫌う時刻表の魔術師


 鉄道の旅は、周りの情景が目に飛び込んできて、

 いろんな人がいることに気付かせてくれる。

 最近の高校生は、下校途中の車内で騒ぎもせず、

 みんな携帯をいじってる。不気味だね。周りで何が

 起こっているか、全く関心がないのかね。そんな

 若い人には、一人旅を勧めたいね。

 乗るのは、地方の小さな鈍行に限る。地元のおばあ

 ちゃんと触れ合えるから。


 今はやりの豪華列車は誰かと乗ることを想定して

 いるし、特急は着くのが早すぎる。人の温かさに

 触れられる鈍行が、減っていくのはさびしいよ。
 

  (P.055)




この章のキーワードは、
チャレンジ、挑戦です。


他人と同じ考え方や行動はやめて、チャレンジ
してみないか、と言われているように感じました。


他人と違う考え方や違うことをするには、
勇気が必要です。


少数派になるからです。
多数派が常に正しい、とは言えません。
「村八分にされたくない」とか、「いじめの対象に
されたくない」といった気持ちが芽生え、自分の
本心と違うことをしているかもしれません。


あるいは多数派に属していることで、関心感を
抱いているのかもしれませんね。その方が、
居心地がいいのです。


ですが、皆が同じ考え方で、同じ行動を取ると、
将棋倒しになり、最悪の場合、死に至ることも
あります。


2014年の大晦日に、上海の観光名所で、
将棋倒しになり、36名が亡くなるという痛ましい
事故が起きました。


同じ行動を取ることの危険性を感じました。


他人と同じことをして満足する人は、チャレンジ
しない人だと思います。


2013年、三浦雄一郎さんは80歳でエベレスト
登頂に成功しています。素晴らしいチャレンジ
精神です。


倉本聰さんは、
「前年比という言葉が分からないんです」
と語っていますね。
また、「日本は、リッチではあるけど幸せが
なくなっちゃった」とも言っています。


自分が本当にやりたいことが、なくなって
しまったのでしょう。リッチになっても、少しも
幸せを感じていない。
悲しいことです。寂しいことです。


「もう一度、チャレンジしてみませんか?」
というメッセージと受け止めました。


西村京太郎さんは、若い人たちに一人旅を
勧めています。「鈍行の旅」を。
地元の人たちとの触れ合いを大事にして
ほしいからです。


一人旅は、人生における一人旅でもあります。


2015年は未年です。
そして、私は年男です。
いえ、48歳ではありませんよ。
6月に還暦を迎えます。


私が20代、30代の頃、60歳と言うと、お年寄り
だな、と思ったものです。
ですが、私自身がその歳にまもなくなるという現在、
全く年寄りという意識はありません。


48歳のつもりでいます(笑)。
アンチエイジングに強い関心があって、特別のことを
しているわけではありません。


時々、室内で筋トレしたり、毎日ビタミンCのサプリ
メントを朝、昼、晩の3回、1000mg(1g)ずつ摂取
しているだけです。


人は、ひとりで生まれ、ひとりで死んでいきます。
自分が存在したという、生きた証を残したくない
ですか?


どんなに小さなことでも、他人から見たら無価値と
思われることであってもいいので、
自分で「これをやるんだ」という信念を持って、
ひとりでチャレンジしてみませんか?


これが、私の日本の若い人たちへの「遺言」です。


「大還暦」(120歳)まで生きたいとは思いませんし、
生きられるとも思っていません。


と言うよりも、そこまで生きて周りの人たちや、
若い人たちに迷惑をかけたくありません。




「遺言 日本の未来へ」の最終回そして、
3回の連載を通じてどう思われましたか?


年末年始のお忙しい最中、ぜひ、読んでいただき
たい、という強い気持ちを込めて、特集記事の
ブログを書きました。


長文であるのにもかかわらず、最後まで読んで
いただき、心から感謝しています。


ありがとうございました。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。




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遺 言 日本の未来へ 2014.12.29 <2>



日経ビジネスの特集記事(88)

遺 言
日本の未来へ
2014.12.29



今週の特集記事のテーマは

戦後70年――。2015年、私たち日本人は一つの
節目を迎える。
日経ビジネスは2014年最後の特集に、
戦後のリーダーたちの「遺言」を選んだ。
焼け野原から輝ける時代を築いた当事者には、
若い世代にはない強靭な視座がある。
未来を拓くために受け継ぐべきものが、ここにある
 (『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.024)

ということです。



『日経ビジネス』編集部は、2014年最後の特集で、
各界で大きな業績を残した人たち34名を選出しま
した。


中には、一般にはあまり知られていない人物もいる
かもしれません。私も、34名全員のプロフィールや
業績を知っているわけではありません。


そこで、34名の中で、「私」が著作やメディアなどを
通じて、認識している人たちを選び、その方たちが
語った内容の一部をご紹介することにします。


尚、今号の特集は36ページ(24~59ページ)と、
通常号の1.5倍のボリュームがあるためか、
「編集長インタビュー」が掲載されていません。
そのため、毎週投稿している、「日経ビジネスの
インタビュー」は、今特集の「大トリ」を飾る、
京セラ・日本航空名誉会長、稲盛和夫さんにいた
しました。

ブログは→
日経ビジネスのインタビュー(152) 経営と美徳を広める導師




遺言 日本の未来へ

遺言 日本の未来へ

(『日経ビジネス』 2014.12.29 号 表紙)




今特集のスタートページ

今特集のスタートページ

(『日経ビジネス』 2014.12.22 号 PP.024-025)




第1回は、
「第1章 未来の経営者へ」を取り上げました。


第2回は、
「第2章 未来の創造者へ」を取り上げます。


最終回は、
「第3章 未来のリーダーへ」
「第4章 未来の日本人へ」
をご紹介します。


全3回にわたって『日経ビジネス』の特集を
2014年の年末から2015年の年始にかけて
お伝えすることになります(2014年12月31日~
2015年1月2日)。




『日経ビジネス』編集部が選んだ、戦後のリーダー
たちは、起業家、経営者、俳優、政治家、学者、作家、
ファッションデザイナー、元国連職員、登山家、脚本家、
高僧、侍従長、現役助産師、長崎被爆者語り部
と多士済々です。


34名の方々全員の「遺言」をお伝えすることは
できませんが、お名前(肩書)は全員ご紹介します。


さらに、今回は、各界の方々が語った「遺言」に
個別にコメントすることはやめ、各章ごとに総括的
に私の考えを語る、という形式にします。


また、各章の最初に、『日経ビジネス』編集部が
選んだ戦後のリーダー全員のお名前と肩書を
掲載します。


尚、日経ビジネスオンラインで、
連載「遺言 日本の未来へ」が2015年1月5日
からスタートし、インタビューの詳細を掲載して
いくそうです。ぜひご覧ください!

日経ビジネスオンラインのサイトは→
http://business.nikkeibp.co.jp/




では、本題に入りましょう!


第2章 未来の創造者へ

佐々木正(新共創産業技術支援機構
       (NPO法人)理事長)
仲代達矢(「無名塾」主宰、俳優) 
森英恵(ファッションデザイナー)
樫尾幸雄(カシオ特別顧問)
鈴木喬(エステー会長)
佐藤安太(ライフマネジメントセンター(NPO法人)理事長)
大塚正富(大塚製薬特別顧問)
<注:赤文字のお名前の方々の「遺言」を
ご紹介します。>


1人目は、新共創産業技術支援機構(NPO法人)
理事長の
佐々木正さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.036



新共創産業技術支援機構(NPO法人)
理事長 佐々木正 氏

電子立国の父


 もう、これが最後と思って、遺言として皆様に

 伝えておきたいことをお話しします。

 真空管の専門家だった私は戦争中、陸軍の

 登戸研究所で殺人光線の研究に動員させて

 いました。大本営はマイクロウェーブを人間に

 向けて照射すれば兵器となると考えたんです

 ね。

 
 終戦間際になって研究所は諏訪に移転しま

 した。

 大本営からは早く実験を成功させろと急かされ

 ており、米国人の囚人を使った実験の計画まで

 用意されていました。終戦を迎えたのは、その

 実験をする直前でした。

 実際に人体実験をしていたら、軍法会議にかけ

 られていたかもしれません。


 軍法会議を免れた私は、その後、半導体の研究

 に身を投じました。


 当時、私が働いていた神戸工業(現富士通テン)

 には、後にノーベル賞を受賞する江崎玲於奈くん

 もいて、神戸工業は日本で最初にトランジスタを

 生産した会社となりました。

 その後シャープに転職し、新たなMOS(金属酸化

 膜半導体)と呼ばれる半導体を設計しました。

 MOSの特徴は、大幅な小型化が可能なことです。

 
 振り返れば私は、真空管、半導体、液晶、太陽

 電池と、一貫して「エレクトロン(電子)」の世界に

 身を置いてきました。幸いにも、こうして数えで

 100歳まで生きてこられたわけですが、死ぬまで

 にこれまで生かしてくれた恩に報いたいと思って

 います。

 それは、老化の原因である細胞の「酸化」を食い

 止める「還元」の技術を確立するための活動を

 支援することです。酸化という現象は、細胞の

 外に「電子」が出てしまうことで起こります。

 それなら、「電子」を再び細胞の中に入れること

 ができれば、酸化の進行は止めることが理論上

 はできるはずです。


 生きている人間はどうなるのか。私たちの子孫

 はどうなるのか。この大問題を解いていかな

 ければなりません。

 生命の寿命を延ばす可能性を秘める還元の

 技術は、その解の一つになるのではないでしょう

 か。


 生命が生き延びる「場」さえ維持できれば、そこで

 世の中を良くするイノベーションは必ず生まれます。

 
 私は残された時間を使って、「地球生命を考え、

 地球を救う会」を作ろうと思っています。そして、

 皆さんの奮起とその成果を期待しつつ、この世を

 去っていきたい。
 

  (P.037)



2人目は、「無名塾」主宰、俳優の
仲代達矢さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.038



「無名塾」主宰、俳優 仲代達矢 氏
銀幕の闘士


 戦後、芸能の世界では強い個性が輝いた時代が

 ありましたね。三味線弾きから勝新太郎が現れ、

 歌舞伎界から萬屋錦之介が来た。自分も含めて
 
 みんな譲らないんですよ。「こうやる」と決めたら、

 三國連太郎なんかは監督の言うことすら聞いちゃ

 いない。溝口健二なんていう人は衣装合わせに

 半年かけて、黒澤明はワンカットの撮影に10日

 もかける。こうやって作りこんだ作品だから、

 上映するとお客さんが並んだんでしょう。

 昔の役者はよくケンカしましたよ。ただ、それは

 プロ意識の表れでもあった。


 当時と比べると、今はプロとアマチュアの境がなく

 なってきましたよね。テレビの普及で、芸能の世界

 でも効率化が進んだからでしょう。


 娯楽性ばかりを追い求める作品が量産されて

 いった。

 エンターテインメントには娯楽性も大切です。

 しかし、作品を通じて命や生きることを真剣に問う

 姿勢も忘れてはなりません。


 効率化の時代だからこそ、それを超えるものを作ら

 なくちゃいけない。それが、80を過ぎた老いぼれ

 役者の役目でもある。そう思っているんです。
 

  (P.038)



第2章の最後は、ファッションデザイナーの
森英恵さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.039



ファッションデザイナー 森英恵 氏
日本を世界に認めさせた「蝶」


 1961年、ニューヨークに初めて行った時、

 デパートの地下で日本製のブラウスがたった

 1ドルで売られていたの。

 「メード・イン・ジャパン」は安物の象徴だった

 のです。

 しかも、オペラ「マダム・バタフライ」を見に

 行くと、主役が畳の上を下駄を履いて歩い

 ていた。

 許せませんでした。恥ずかしさと、怒りが

 込み上げてきました。


 「蝶」の柄をデザインに使ったのは、「マダム・

 バタフライ」で頭にきていたからです。私も

 若かったんですね。

 でも、アメリカは懐が深かった。戦争に負けた

 日本人、日本の女性が洋服を作ることが珍し

 かったのでしょう。経営者にもハリウッドスター

 にも、大統領にも気に入られました。その後の

 パリ、オートクチュール界での成功は、アメリカ

 での評価があってこそです。


 文化とは、オートクチュールのような職人の世界

 があってこそ、日々、新しいものが生み出される

 ものです。毎日毎日、新しいものが出てこないと、

 文化はダメになります。

 コンピューターを使うのは必要ですが、使われて

 はいけません。いろいろな良い伝統が消えてしま

 いそうです。日本は、本当に素晴らしいですよ。

 みんなで、日本のいいものを守るように、頑張り

 ましょう。世界では、自分のルーツがしっかりして

 いないと戦えません。 
 

  (P.039)






この章のキーワードは、
プロフェッショナルの気概です。


新共創産業技術支援機構(NPO法人)理事長の
佐々木正さんは、2015年5月に100歳になら
れるそうです。


佐々木さんがシャープの副社長当時の、有名な
エピソードがあります。


ソフトバンク社長の孫正義さんがソフトバンクの
礎を築いた会社を創業する前に、孫さんが発明
した、「音声機能付き他言語翻訳機」をシャープ
は1億円で購入したことです。


孫さんは、当時の資金を元に起業しました。
シャープは、「音声機能付き他言語翻訳機」を
製造することはできませんでしたが、数十年後、
その技術を「電子辞書」の製品化に生かすこと
ができ、元が取れました。


佐々木さんは、孫さんの創業期に支援しました。
佐々木さんは、「先見の明」を持つプロ技術者
であり、プロ経営者です。




仲代達矢さんは、「無名塾」を開設し、若手役者を
育成することに力を注いでいます。


「今はプロとアマチュアの境がなくなってきました
よね」
という仲代さんの言葉は、役者の世界だけのこと
ではなく、民間企業や官公庁においても当てはまる
ことです。


その言葉の裏に、プロフェッショナルの気概
を感じました。




森英恵さんは、日本製のブラウスが「安かろう
悪かろう」という扱いをされ、「畳の上を下駄を
履いて歩いていた」という、日本文化を軽蔑する
ような扱いに、怒り心頭に発しました。


そのことが発端で、日本のデザインを認めさせ
ようと奮闘努力し、遂に時の大統領にも気に入ら
れるまでになりました。


その背景には、プロフェッショナルの気概
が存在していたに違いありません。


日本人としての誇りを失ってはいけない、
とつくづく思いました。と同時に、日本人の
保守化が進行し、このままでは新しいもの・
ことへの挑戦はなくなってしまうのではないか、
と心配になってきました。


「常に挑戦者であれ」、という気持ちを失って
はいけない、という強い気持ちを抱きました。


身に付けたことに胡座(あぐら)をかき、自分
との戦いに勝つためには、チャレンジし続け
ていかなければなりません。


そうしなければ、いずれ近いうちに、奈落の
底に突き落とされる運命が待っているかも
しれません。




通常号と異なり、大半を独り語りで、「遺言」を
残すという形態を取り、『日経ビジネス』編集部
は前面には姿を現さないという、姿勢を最後まで
貫き通しています。


それは、各人の「遺言」の中身が重要である、
と考えているからに他なりません。


「遺言 日本の未来へ」第2回はいかがだった
でしょうか?


年末年始のお忙しい最中、ぜひ、読んでいただき
たい、という強い気持ちを込めて、特集記事の
ブログの最終回を書いていきます。



最終回は、
「第3章 未来のリーダーへ」
「第4章 未来の日本人へ」
をお伝えします。


ご期待下さい!!






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。




遺 言 日本の未来へ 2014.12.29 <1>



日経ビジネスの特集記事(88)

遺 言
日本の未来へ
2014.12.29



今週の特集記事のテーマは

戦後70年――。2015年、私たち日本人は一つの
節目を迎える。
日経ビジネスは2014年最後の特集に、
戦後のリーダーたちの「遺言」を選んだ。
焼け野原から輝ける時代を築いた当事者には、
若い世代にはない強靭な視座がある。
未来を拓くために受け継ぐべきものが、ここにある
 (『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.024)

ということです。



『日経ビジネス』編集部は、2014年最後の特集で、
各界で大きな業績を残した人たち34名を選出しま
した。


中には、一般にはあまり知られていない人物もいる
かもしれません。私も、34名全員のプロフィールや
業績を知っているわけではありません。


そこで、34名の中で、「私」が著作やメディアなどを
通じて、認識している人たちを選び、その方たちが
語った内容の一部をご紹介することにします。


尚、今号の特集は36ページ(24~59ページ)と、
通常号の1.5倍のボリュームがあるためか、
「編集長インタビュー」が掲載されていません。
そのため、毎週投稿している、「日経ビジネスの
インタビュー」は、今特集の「大トリ」を飾る、
京セラ・日本航空名誉会長、稲盛和夫さんにいた
しました。

ブログは→
日経ビジネスのインタビュー(152) 経営と美徳を広める導師




遺言 日本の未来へ

遺言 日本の未来へ

(『日経ビジネス』 2014.12.29 号 表紙)




今特集のスタートページ

今特集のスタートページ

(『日経ビジネス』 2014.12.22 号 PP.024-025)




第1回は、
「第1章 未来の経営者へ」を取り上げます。


第2回は、
「第2章 未来の創造者へ」を取り上げます。


最終回は、
「第3章 未来のリーダーへ」
「第4章 未来の日本人へ」
をご紹介します。


全3回にわたって『日経ビジネス』の特集を
2014年の年末から2015年の年始にかけて
お伝えすることになります(2014年12月31日~
2015年1月2日)。




『日経ビジネス』編集部が選んだ、戦後のリーダー
たちは、起業家、経営者、俳優、政治家、学者、作家、
ファッションデザイナー、元国連職員、登山家、脚本家、
高僧、侍従長、現役助産師、長崎被爆者語り部
と多士済々です。


34名の方々全員の「遺言」をお伝えすることは
できませんが、お名前(肩書)は全員ご紹介します。


さらに、今回は、各界の方々が語った「遺言」に
個別にコメントすることはやめ、各章ごとに総括的
に私の考えを語る、という形式にします。


また、各章の最初に、『日経ビジネス』編集部が
選んだ戦後のリーダー全員のお名前と肩書を
掲載します。


尚、日経ビジネスオンラインで、
連載「遺言 日本の未来へ」が2015年1月5日
からスタートし、インタビューの詳細を掲載して
いくそうです。ぜひご覧ください!

日経ビジネスオンラインのサイトは→
http://business.nikkeibp.co.jp/




では、本題に入りましょう!


第1章 未来の経営者へ

鈴木修(スズキ会長兼社長)
清水信次(ライフコーポレーション会長)
堀場雅夫(堀場製作所最高顧問)
宮内義彦(オリックスシニア・チェアマン) 
篠原欣子(テンプホールディングス会長)
椎名武雄(日本IBM名誉相談役)
村井史郎(シークス会長)
岡田甲子男(アリアケジャパン会長)
鈴木敏文(セブン&アイ・ホールディングス
       会長兼CEO (最高経営責任者))
八城政基(元新生銀行取締役会長)
<注:赤文字のお名前の方々の「遺言」を
ご紹介します。>


1人目は、スズキ会長兼社長の
鈴木修さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.026



スズキ会長兼社長 鈴木修 氏
中小企業おやじのヒーロー


 未来への遺言ですか。僕にとっては

 「会社が潰れないように」。それだけだな(笑)。

 でもね。今回話そうと思ったのは、やっぱり、

 僕の話がこれからの時代を担う皆さんの参考

 に少しでもなるならと思ったからです。


 僕は、戦前、戦中、戦後、そして再建という、

 日本の縮図を経験してきた。その中で何を

 考えたかというと、「こんちきしょう」とか

 「やる気を出そう」とか、そういうことに尽きる

 わけです。

 これまで本当に、「こんちきしょう」の連続だった。

 軽自動車を作ってきた中小企業のスズキに

 とっては、生命を絶たれる危機が絶えなかった

 から。

 文学的には「逆境の歴史」というのだろうけど、

 ようするに「軽ハラ」。セクハラ、パワハラ、

 マタハラと同じだよ。

 軽自動車はもともと、敗戦後に「国民車」を

 作ろうっていう構想から生まれたんですよ。

 でも経済が成長してくると、「軽自動車なんて

 国策に合わないからやめるべきだ」という声が

 出てきた。

 軽は燃費が悪くて安全性も確保できない、

 耐用年数も短いから資源の無駄遣いだと。

 それで、(ホンダ創業者の)本田宗一郎さんと

 一緒になんて「ふざけんじゃねえよ」と激怒したの。

 ぺしゃんこに潰されるのは嫌だから、「この野郎」

 という気持ちで挑戦し続けてきた。まあ、僕は

 (婿養子の)落下傘だったから、外からの軽ハラに

 加えて内からの「社内ハラ」も大変だったけど(笑)。

 それでも今や、軽自動車が(日本の自動車市場で

 シェア)40%になった。結局、人生っちゅうのは

 「こんちきしょう」しかないんじゃないかな。奇策じゃ

 なしに、誰に何と言われようとも、自分の実力を

 過信せずに続けることだよ。

 人生には、チャンスをつかむか逸するか、

 分かれ道がいっぱいある。

 
 2015年は戦後70年ですが、戦争の体験や

 不幸を後世に伝えるのは無理だと思うんですよ。

 だから、伝えたいのは、他人に迷惑をかけないとか、

 社会に貢献するとか、正しく生きる最低限のモラル

 を守りながら、「やる気」を発揮してほしいということ

 だけ。極めて平凡だけど、これが若い人たちへの

 遺言かな。 
 

  (P.027)



2人目は、オリックスシニア・チェアマンの
宮内義彦さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.030



オリックスシニア・チェアマン 宮内義彦 氏
規制改革を説く 金融の異端児


 若い人にパワーを感じないですね。

 遺言を残す値打ちあるかな(笑)。

 今回の選挙でも主な争点にならなかったけど、

 国の借金は1000兆円ですよ。

 なぜ若者は黙っているのだろう。

 新しい社会をつくるという覇気が欲しい。

 官にも民にも、それぞれパブリックな部分と

 プライベートな部分があり、個人でも民間企業

 でも、例えば政府に貢献を求められたらパブ

 リックの部分を差し出すのは当然です。

 それでないと社会は成立しなくなってしまう。

 教育で「公共の利益を」と言うと問題になるけど、

 それは社会の基礎だと思うんです。

 戦中に国のために命を投げ出せという極限の

 パブリックが求められた反省から、戦後は逆の

 極端に来てしまった。でも、プライベートの権利

 ばかりがあっても、素晴らしい社会にはなり得ない。

 何にでも功罪がある。


 日本市場だけでも、無限の可能性があるわけです。

 挑戦すべきですよ。リスクを取らない人生ほど

 面白くないものはない。私が45歳だったら、もう1回

 チャレンジしますよ。

 人口減にしても、問題と思うなら対策を打てばいい。

 打たないなら、それまでの国ということ。若い人が

 これでいいと思うのか、思わないか。停滞がどれだけ

 長引くかはそれで決まります。
 

  (P.030)



第1章の最後は、セブン&アイ・ホールディングス会長
兼CEO (最高経営責任者)の
鈴木敏文さんです。



『日経ビジネス』 2014.12.29 号 P.033



セブン&アイ・ホールディングス会長兼
CEO (最高経営責任者) 鈴木敏文 氏

時代を見通すコンビニの帝王


 防空壕を掘ってた頃からすれば、自由や平和
 
 が当たり前にある時代なんて想像できなかった。

 それと同じように、これからもきっと、今までは

 思いもつかない時代が来るはずです。

 今の日本は、あまりに過去の延長線で来ちゃっ

 ている。

 でもね、世の中は変わるもんです。政治の面でも

 個人の自覚の面でも、適応する形を取っていか

 ないといけないよね。

 昔はみんなが共通で分かっている規律があった

 けど、それがなくなって価値観や社会がバラバラ

 になった。

 身勝手を許しすぎたら、結局住みにくい社会になる。

 だから今は、昔よりも規律が大事になったと思う。

 戦前の軍隊に戻れというのとは、違います。

 重要なのは相手を尊重する精神だと思うんだよね。

 国も商売も家族も、相手の立場で考えれば、その

 時代に合った対応が取れるはずです。
 

  (P.033)



お三方は、皆さん、実にざっくばらんに語って
いますね。
通常のビジネスインタビューと異なり、かなり
個人的な感想を語ってもらう、という方針だった
のかもしれません。


それは、お三方だけでなく、他の7名も同様です。
普段から考えていたことを吐露した、といった風情
です。


この章のキーワードは、
克己心です。
他人に勝つことではなく、自分に勝つこと――。
それを口々に語っている、と感じました。


スズキの鈴木修さんの「こんちきしょう」という
言葉に象徴されるように、「こんちきしょう」は
相手に対する言葉というよりも、己(自分)に
負けてたまるか、という気持ちを表現している、
と感じました。


他人に負けるよりも、自分に負けることの方が
ずっと悔しい、と実感しているのです。



オリックスの宮内義彦さんは、
「挑戦すべきですよ。リスクを取らない人生ほど
面白くないものはない」
と言い切っています。


挑戦しない、リスクを取らないという姿勢は、
その時点で自分に負けていると言えます。


宮内さんが、「権利」について語る下りがあります。


たまたま、今月(2014年12月)29日に読み終わった
『現代語訳 学問のすすめ 』 (ちくま新書 福澤諭吉
齋藤孝 訳 2009年2月10日 第1刷発行)に「権利」と
「権理」について書かれた一節があります。


訳者の齋藤孝さんは、「権理」の方が、「きちんと理が
通っている」として、この「権理」を広めてきたい、
と書いています。
解説を読んで、なるほど、と思いました。


少々長くなりますが、ご一読ください。


 今回現代語訳するにあたっては、「権理」という

 言葉が随所にありました。普通は「権利」と書く

 わけですが、right という言葉を訳すのであれば、

 福澤が使っている「権理」の方が「きちんと理が

 通っている」という元の意味を正しく反映している

 ように感じました。

 「権利」ですと、「自分の利益ばかり主張すること」

 といったように、個人のわがままといったニュアンス

 を含んでしまいがちですが、本来はそのようなもの

 ではないはずです。

 いわば天から与えられ当然持っているべきもので

 あって、主張しても何ら恥じることはない。

 例えば、基本的人権というのは「権利」ですが、

 その「利」は利益の「利」ではなく「理(ことわり)」です。

 漢字一文字が違うだけで、私たちの認識が随分と

 変わってしまう。文字というものは、非常に大きな

 影響を与えるものだと痛感しました。「権理」の二文字

 は福澤の思想の根幹をなすものなので、これをきっ

 かけにこの字を使うようになってほしいという願いを

 込めて、一貫してこの文字を用いました。
 

  (上掲書 P.242)



セブン&アイ・ホールディングスの鈴木さんは、
『商売の創造』(鈴木敏文 講談社 2003年10月22日
第1刷発行)の「まえがき」に次のように書いています。
鈴木さんは、この本の中で「商売の本質」を書いた、
と考えています。


 われわれにとっての最大の競争相手は、

 同業の他社・他店ではありません。世の中の

 変化、お客様のニーズの変化こそが最大の

 競争相手なのです。この変化への対応力を

 失ったとき、いかなる過去の強者、覇者

 (はしゃ)といえども破綻(はたん)は免れま

 せん。


 過去に隆盛(りゅうせい)をきわめたビッグ

 ストアが、いまきびしい状況に追い込まれて

 います。

 それだけ、世の中の変化は激しいということ

 です。その中でなんとか今日までやってこら

 れたのは、つねに過去の経験を捨て、他人

 のまねをいっさいせず、仮説・検証にもとづ

 いた自己革新、イノベーションを図りながら、

 創造的破壊に取り組み続けてきたからだと

 私は考えています。
 

  (上掲書 P.1)



通常号と異なり、大半を独り語りで、「遺言」を
残すという形式を取り、『日経ビジネス』編集部
は前面には姿を現さないという、姿勢を最後まで
貫き通しています。


それは、各人の「遺言」の中身が重要である、
と考えているからに他なりません。


「遺言 日本の未来へ」第1回はいかがだった
でしょうか?


年末年始のお忙しい最中、ぜひ、読んでいただき
たい、という強い気持ちを込めて、引き続きブログ
を書いていきます。



次回は、「第2章 未来の創造者へ」をお伝えします。
ご期待下さい!






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藤巻隆

Author:藤巻隆
管理人の藤巻隆です。

以前、ジュゲムブログで、
同タイトルの
「日経ビジネスの特集記事」
を書いていました。

しかし、使い勝手があまり
よくなかったので、
FC2ブログで新たにスタート
することにしました。

現在(2013.10.16)、ブログの
引越を行っているところです。

FC2ブログでは、2013.10.14号
が最初のブログということに
なります。


2013年10月16日記す。

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