スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

東レ 勝つまでやり切る経営  2014.10.27 <3>



日経ビジネスの特集記事(79)

東レ
勝つまでやり切る経営
2014.10.27



今週の特集記事のテーマは

今年は、東レにとって記念の一年になる。
会長の榊原定征氏が経団連のトップに就任し、
売上高と営業利益が今期、ともに過去最高となる可能性が高い。
世界最大の総合繊維メーカーとして、誰もが仰ぎ見る存在となった。
強さの源泉は長期的な視点に立った素材開発力にあるが、
従来のやり方だけでは市場の変化についていけない面も見えてきた
 (『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.026)

ということです。


東レ 勝つまでやり切る経営

東レ 勝つまでやり切る経営

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 表紙)





初回は、
東レが、世界最大の総合繊維メーカー
であることが理解できる内容でした。


2回目は、
東レには、東レの勝利の方程式がある、
ということをご紹介しました。


しかも、それは短期的勝利を狙うものではなく、
長期的視点に立って勝利を目指すものである、
ということでした。


最終回は、絶頂期を迎える東レに死角はないのか、
という点に着目してお伝えしていこうと思います。



PART4 「深は新なり」に潜むワナ

東レの88年の歴史を一言で語ることは、
難しいかもしれません、


ただ、キーワードを並べてみますと、見えてくるものがあります。
私は、次の5つをキーワードに選びました。
世界最大の総合繊維メーカー
東レの勝利の方程式
七転び八起き
石の上にも50年
技術力に裏打ちされた製品群と市場独占


『日経ビジネス』取材班が遭遇したキーワードは、
深は新なりでした。


 取材を進める過程で、何度も同じキーワード

 に遭遇した。

 「深は新なり」

 東レ社内で長年語り継がれている、

 俳人・高浜虚子の言葉だ。1つのテーマを

 深く掘り下げていくと、新たな発見が生まれる。

 この姿勢こそが、今の東レを形作ったと言える。

 繊維事業が稼ぎ頭であり続けられるのは、

 研究開発を通じて技術的な限界を深く追究し、

 新たな用途を提案し続けられたからだ。

 「繊維は成長産業」であるという信念を貫いて

 投資を続けたことで、最後の総合繊維メーカー

 という独自の地位を手に入れた。
 

  (P.044)


多くの繊維メーカーが事業転換する一方で、
東レは唯一、総合繊維メーカーであることに
こだわり続け、繊維事業に投資し続けた結果、
勝ち残ったのです。


愚直に、繊維の技術を深掘りし続けた先に、
宝を発見したのです。


 炭素繊維に代表される新たな成長分野を

 開拓できたのも、合成繊維の技術を深く

 掘り下げた結果だ。短期的に収益を稼げ

 ない事業であっても、粘り強く研究開発を

 深めれば革新的素材を生み出せる。

 東レの今の業績は、それを雄弁に物語る。
 

  (P.044) 


ここで、1冊の本をご紹介します。
2010年にノーベル化学賞を受賞した、
根岸英一さんの『夢を持ち続けよう!』
(根岸英一 共同通信社 2010年12月10日
 第1刷発行)
です。


この本の中に、根岸さんが恩師のハーバート・
ブラウン先生(1979年ノーベル化学賞受賞)
から直接学んだことが書かれています。

 
 (ハーバート・)ブラウン先生(1979年ノーベル
 
 化学賞受賞)から習った一番のポイントは、

 発見の芽が出てきたとき、どうやってそれを
 
 大木に育てるかということです。
 
 ああでもないこうでもないと、その芽から
 
 出てくるいろいろな可能性を網羅的かつシステマ
 
 チックに追究する、その姿勢が非常にロジカルで
 
 ヤマ勘みたいなものは入れません。
 
 わたしも実践していますが、そういう手法はブラウン
 
 先生から学んだことです。
 
 「重要なのは What's going on?、つまり、いま何が
 
 起こっているのかを正確に調べることだ」
 
 これは耳にたこができるくらい聞かされました。

 「それを解明することが第一歩である。推量で

 短絡的な結論を出してはいけない」と、厳密な

 ファクト(事実)の追究に関しては本当に徹底して

 いました。
 

  (上掲書 P.69-70)


これは、研究者が立ち向かう研究テーマに対する
姿勢を述べたものです。


同様な姿勢で、東レの研究者一人ひとりが、
課題に取り組んでいると思われます。


そして、こうした姿勢は何も研究者だけのもの
ではなく、私たち一般人でも、日々取り組んでいる
課題に対して、真摯に向き合うべきある、
と教えられた気がしました。



東レの話に戻ります。
昔の東レと今の東レの違いは何なのかと言えば、
時間に対する取り組み方にある、と思います。



 深さを追求する「時間軸」は、今と昔では

 様変わりしている。提携相手が求めるのは、

 何よりもスピードだ。東レといえども、のんびり

 時間を費やして技術を開発する余裕はない。
 

  (P.044)


前回ご紹介した、ファーストリテイリング会長兼社長
の柳井正さんは、こう語っています。


 「東レは運命共同体だ」と認める、ファースト

 リテイリングの柳井正社長からも、スピード

 に対して注文が付く。

 「技術進化や情報伝達のスピードが上がって

 いる。変化に対応するには、2社の力だけでは

 足りない」。
 

  (P.044)


東レもスピードの重要性は、十分認識しています。
DNAチップのケースがありました。


 独自の光ディスク加工技術を活用し、

 競合の100倍の感度で遺伝子情報を

 測定できる期待の技術だ。

 開発者の新規事業開発部門DNAチップ

 グループリーダーの信正均氏は、

 「徐々に認知度を高めればいい」と考え、

 事業化を急いでいなかった。民間で診断

 ツールとして使われるのは、10~20年

 後になると想定していたからだ。

 しかし、ある研究機関にDNAチップを持ち

 込むと、担当者の目の色が変わった。

 「全く新しいガンの診断ツールになり得る

 のではないか」

 そこからとんとん拍子に話が進み、今年8月

 には東レのDNAチップを使った次世代ガン

 診断システム開発の国家プロジェクトが

 立ち上がった。
 

  (PP.044-045) 


私がグールー(思想的指導者)と仰ぐ、大前研一さんは、
現代社会を「ボーダーレス」「サイバー」「マルチプル」の
3つのキーワードでまとめています。


ヒト・モノ・カネ・情報などの経営資源は、上記3つの
キーワードで行き交うようになった、と言っています。
インターネットの普及で、国境を意識することなく、
ゆうゆうと超え、複数倍で増えていくというのです。


ヒトにしてもインターネットを介すれば、全世界同時に
現在地で、優れた人物から教育を受けられる時代に
なりました。


いわば、時空間をあたかも移動しているかのような
感覚です。


インターネットは物理的な移動に代わって、電脳移動
ともいうべき瞬間移動を可能にしました。


モノの移動も、直接人間でなくとも、ラジコンヘリ
のような「ドローン」(アマゾンやグーグルが試作)を
使って、届けることが可能になりつつあります。
もちろん解決しなければならない法律の壁はあり
ますが。


カネや情報の移動はインターネットと最も親和性が
高いと思います。エンターキーでカネや情報の移動が
一瞬のうちにできてしまいます。


こうした時代は好むと好まざるとを問わず、ものすごい
スピードで変化しています。


世の中の素早い動きに対し、対応できない企業は淘汰
されます。東レも例外ではありません。


短期、中期、長期に製品化する目標を明確化することが
不可欠でしょう。


 創業から88年、東レを牽引してきたのは、

 粘り強い研究開発に裏打ちされた技術力

 の高さと、技術の行方を見極める確かな

 眼力。そして、競合に勝つまで諦めずに

 事業を継続し続ける執念深さだ。
 

  (P.045) 


『日経ビジネス』取材班は、強い東レに唯一の
懸念材料を提示しています。


 将来にわたって同じ成功パターンを踏襲

 できる保証はない。東レの新たなパート

 ナーは、せっかちな結果を求めるはず

 だからだ。勝つまでやめない執念深さは、

 方向性を間違うと、負けを認められない

 未練にもなりかねない。間違いに気付いた

 時に、、素早く方向転換できるスピード、も、

 今後は求められるようになる。

 執念深さとスピード感。一見すると相反する

 2つの要素を兼ね備えた時、東レは真の

 優良企業になる。
 

  (P.045) 


私は、東レは真の優良企業になれる、
と確信しています。



最後に、2014年3月14日に日本記者クラブで
開催された、日覺昭廣社長の記者会見の模様を
ご覧ください。



日覺昭廣 東レ社長 2014.3.14



オリジナルサイト 日覺昭廣 東レ社長 2014.3.14


2014/03/16 に公開
Akihiro Nikkaku, President of Toray Industries, Inc.
研究会「成長戦略には何が必要か 現場からの視点」の5回目。
東レの日覺昭廣社長が会見し、「東レにおけるイノベーショ-ン 
中長期視点での事業開拓」と題して話した。

長い時間をかけ商業化に成功した炭素繊維を-例に、
イノベーションの実現には、事業開拓を支える枠組み作り、
経営者の理解と我慢、-担当者の情熱と執念が必要である、と。
司会 安井孝之 日本記者クラブ企画委員(朝日新聞)







記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。




スポンサーサイト

東レ 勝つまでやり切る経営  2014.10.27 <2>



日経ビジネスの特集記事(79)

東レ
勝つまでやり切る経営
2014.10.27



今週の特集記事のテーマは

今年は、東レにとって記念の一年になる。
会長の榊原定征氏が経団連のトップに就任し、
売上高と営業利益が今期、ともに過去最高となる可能性が高い。
世界最大の総合繊維メーカーとして、誰もが仰ぎ見る存在となった。
強さの源泉は長期的な視点に立った素材開発力にあるが、
従来のやり方だけでは市場の変化についていけない面も見えてきた
 (『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.026)

ということです。


東レ 勝つまでやり切る経営

東レ 勝つまでやり切る経営

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 表紙)





初回は、
東レが、世界最大の総合繊維メーカー
であることが理解できる内容でした。


2回目は、
東レには、東レの勝利の方程式がある、
ということに注目してください。


しかも、それは短期的勝利を狙うものではなく、
長期的視点に立って勝利を目指すものである、
ということです。



PART2 石の上にも50年 執念で生き残る

「石の上にも三年」ということわざがありますが、
「石の上にも50年」という言葉は、聞いたことがありません。


米ボーイング787の機体に使用された炭素繊維を、
乗用車の車体に転用しようという動きが活発化して
います。


BMWは、すでに炭素繊維を使用した量産車「i3」
を発売しています。


アルミより軽量で、鉄より丈夫な炭素繊維を使用し、
車体を作れば、燃費が向上し、商品価値も上がります。


東レは、炭素繊維を使用した試作車を、当社の
名古屋事業所の敷地内に建つ、オートモーティブ
センター(AMC)に展示しているそうです。


炭素繊維について、解説を読んでみましょう。


 炭素繊維は鉄の4分の1の重さで、強度は

 10倍とされる。炭素繊維を主体に車両を

 構成した東レの試作車は、鉄を使った従来

 の車両より3割以上も軽量化できた。
 

  (P.034)


BMWが量産車「i3」 に炭素繊維を使用したことで、
炭素繊維に注目が集まるきっかけになった、
ということです。


 昨年、独高級車BMWが車体に炭素繊維を

 使った「iシリーズ」を発売したことも、炭素繊維

 に改めて注目が集まるきっかけとなった。

 EV(電気自動車)の i3 は、500万円弱とこれ

 までの炭素繊維採用車より格段に安い。

 CFRP(炭素繊維強化プラスチック)の加工工程

 を自社で手掛けることでコストを最大限抑えた。

 i3 の登場で自動車業界の風向きは確実に変わり

 つつある。
 

  (P.035) 


世界の乗用車に炭素繊維が使用されるようになると、
「目指せ売上高5000億円、いや、1兆円だな」(P.035)
と笑う、複合材料事業本部長の大西盛行・専務も、
まんざらではないようです。


前回、東レの歴史の中で、
「2006年米ボーイングと炭素繊維 長期供給契約」
という注目すべき出来事がありました。


 現在の炭素繊維事業の売り上げは約1100億円。
 
 米ボーイングの新型旅客機「ボーイング787」向け

 に独占供給契約を結んでいるとはいえ、1兆円と

 いう数値は過大だ。
 

  (P.035)


炭素繊維が世界中の量産車に使用されれば、
市場が拡大する可能性はあります。
その規模がどの程度になるかには、不確定要素
があります。



ここで、東レの勝利の方程式
概観してみることにしましょう。


3つのステージに分かれます。
[ステージ1] 用途開発  先端素材や要素技術の事業化を
                10年単位で考える


[ステージ2] 競合駆逐  事業化に成功したら、徹底的な
                コスト削減と性能向上で競合他社を
                圧倒する
 

[ステージ3] 最強連合  素材をグローバルに供給できる
                サプライチェーンを整備。
                異業種のパートナーと強固な関係を
                築き、参入障壁を作る
     


つまり、ブルーオーシャンで、圧倒的な勝利を収める
長期的戦略です。同業他社のみならず、異業種参入
も許さない、一人勝ちの戦略です。


ユニクロとは10年以上にわたってパートナーとなり、
[ステージ3] 最強連合となっています。


東レの凄さは、3つの段階に至るまで、数十年の歳月を
かけることをいとわないことです。


『日経ビジネス』取材班の言葉によれば、次のように
なります。


 時間とカネを十二分に投じて、ステージを

 一歩ずつよじ登っていく。勝つまでやり切る

 執念が、東レの成長の原動力になっている。

 第1ステージは「種まき」から始まる。

 当然のことながら最初は市場も立ち上がって

 おらず、顧客もいないに等しい。


 種から芽は出たものの、すぐに新素材として

 採用されるわけではない。需要がないなら

 自ら作り出すしかない。


 炭素繊維の長期供給契約に結び付けたのは

 2006年。研究開始から半世紀近い歳月が

 経っていた。赤字でもやめずに何十年も

 続ける執念が、ボーイングとの独占契約を

 手繰り寄せた。
 

  (P.036) 


それでも、課題は多いということです。
高価格と、十分な供給量を確保できるか、
ということです。



 軽さをアピールし量産車に食い込もうと

 する素材メーカーの前には、分厚い「鉄」の

 壁が立ちはだかっている。

 鉄と比べると課題はまだ多い。価格が高止まり

 していることに加え、自動車向けに十分な供給

 量を確保できるかが不安視されている。
  

  (PP.036-037) 


この問題に対処するため、東レはM&A(合併・買収)
を行いました。


 昨年9月、炭素繊維メーカーとして世界3位の
 
 米ゾルテックを5億8400万ドル(現在の為替レート

 で約620億円)で買収すると発表した。

 東レは航空機などに使われる高品質の炭素繊維

 に強みを持つが、ゾルテックは風力発電用風車に

 使用される中品質の炭素繊維を得意とする。

 M&Aによって高級品から中級品までラインアップ

 を広げ、炭素繊維事業を抜本的に強化した。
 

  (P.037) 


こうした積み重ねによって、強さをさらに強化し、
事業を盤石にしていく方針を貫いているのです。


さらに、東レの強さの源泉は、研究開発拠点の
充実度にもあると考えられます。


「東レ先端融合研究所」は神奈川県鎌倉市に
あるそうです。


鎌倉市は、工場というよりも企業が少ない自治体
ですから、これは市をアピールする材料になるでしょう。


 ノーベル化学賞を受賞した野依良治・理化学

 研究所理事長をして「東レに入社したかった」

 と言わしめた、研究者の理想郷がそこには

 ある。

 勤務時間の20%以内を自由な研究に充てられる

 「アングラ(自由裁量)研究」。今でこそ、米国の

 グーグルやスリーエムなどが採用して有名になった

 が、東レは88年まの創業時から自由な研究を

 推奨してきた。アングラ研究から会社の稼ぎ頭に

 育った事業も数多い。 
 

  (P.039) 


「東レ先端融合研究所」をよくご覧ください。
「総合」研究所ではありません。
「融合」研究所です。


この名称が、この研究所を特徴付けています。


 東レの売上高研究開発比率は3%前後。

 素材メーカーの中で決して高いとは言えない

 が、投資効率が良い。その理由の一端は

 2003年5月に設立した「東レ先端融合

 研究所」(神奈川県鎌倉市)に見て取れる。

 「融合」と名が示すように、繊維や樹脂に

 限らず、ケミカルや医療など各分野の研究者

 が一堂に会している。


 繊維と医療を組み合わせた人工腎臓や、

 写真用の耐水シートを転用した液晶テレビ

 向け反射フィルムなど、複数分野の要素

 技術を融合した新素材が、鎌倉から次々と

 生まれている。 
 

  (P.039)


次の言葉が東レの特徴を物語っている、と思います。


 「短期で成果が出るテーマだけに集中すると、

 早晩行き詰まる。50年先までのパイプライン

 をそろえておかなければならない」と阿部副社長

 は強調する。自由な研究環境と技術融合の促進。

 この2点が東レの強さの源泉となっている。
 

  (P.039)


 

PART3 東レ 日覺昭廣社長インタビュー
たとえ赤字でも撤退はあり得ない


このパートのインタビューは、
日経ビジネスのインタビュー(143)
たとえ赤字でも 撤退はあり得ない

をご覧ください。




この特集記事の最終回は、「PART4 『深は新なり』に
潜むワナ」をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。




東レ 勝つまでやり切る経営  2014.10.27 <1>



日経ビジネスの特集記事(79)

東レ
勝つまでやり切る経営
2014.10.27



今週の特集記事のテーマは

今年は、東レにとって記念の一年になる。
会長の榊原定征氏が経団連のトップに就任し、
売上高と営業利益が今期、ともに過去最高となる可能性が高い。
世界最大の総合繊維メーカーとして、誰もが仰ぎ見る存在となった。
強さの源泉は長期的な視点に立った素材開発力にあるが、
従来のやり方だけでは市場の変化についていけない面も見えてきた
 (『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.026)

ということです。


東レ 勝つまでやり切る経営

東レ 勝つまでやり切る経営

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 表紙)




今回は、まず下図をご覧ください。


売上高・利益ともに繊維が基幹産業

売上高・利益ともに繊維が基幹産業

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.026)



連結売上高   1兆8378億円 (15.4%増)
連結営業利益    1053億円 (26.1%増) 

[繊維]  営業利益  529億円  売上高構成比  41.1%

[プラスチック・ケミカル]  180億円  25.6%

[情報通信材料・機器]   246億円  13.4%

[環境・エンジニアリング]  64億円   9.8% 

[炭素繊維複合材料]   169億円   6.2% 

[ライフサイエンス]      56億円   3.2%  

[その他]            20億円   0.7% 
 ● 東レの2014年3月期セグメント別業績


この数字を見れば、東レは繊維関連の事業で
稼いでいることが分かります。


[繊維]+[炭素繊維複合材料] =698億円(連結営業利益)<F>

連結営業利益の構成比で、<F>は実に66.3%(698/1053*100)
を占めます。


東レが世界最大の総合繊維メーカーである、ということを
頭に入れておいてください。




PART1 最後の繊維メーカー

マレーシアにある東レの衣料用繊維生産・販売子会社、
ペンファブリックが紹介されています。


一体どんな位置付けなのでしょうか?
「アクアリアム(水族館)」という名称の部屋で商談している
風景が描写されています。


 アクアリアムには、ペンファブリックが開発した

 5000点に及ぶ生地のサンプルが陳列されて

 いる。机にはめ込んだタッチパネルやタブレット

 を操作すれば、顧客が求める布を瞬時に検索

 できる。在庫の有無も分かるので、その場で

 商談が次々に決まっていく。


 ファストファッションという言葉が象徴するように、

 短いサイクルで流行が目まぐるしく変化する

 アパレル業界において、マレーシアにある20畳

 余りの小部屋が「流行の発信基地」となっている

 のだ。
 

  (P.028)


つまり、ペンファブリックは生産・販売がその場で
できる「流行の発信基地」になっているのです。


しかも、顧客の要望する製品がペンファブリックの
5000点に及ぶサンプルにない場合でも、市場性が
あると判断されれば、製造することもできるそうです。


東レについて、『日経ビジネス』取材班は次のように
解説しています。


これを読むと、
東レが世界最大の総合繊維メーカー
であることがよく分かります。


 東レに比肩し得る繊維メーカーは世界に存在しない。

 繊維事業の営業利益は2014年3月期に過去最高

 となる529億円を達成。これは国内の同業7社の

 繊維事業の営業利益を合算した金額より2倍以上

 大きい。海外には、販売数量が東レより大きい繊維

 メーカーはあるが、利益面では大きく劣る。


 時価総額は1兆1000億円に迫る。繊維・炭素繊維

 複合材料事業が牽引し、今期、来期と2桁増益が

 続くと予想される。


 今や、繊維業界で他を圧倒する「巨人」となった東レ。

 だが、現場では試行錯誤が続いている。

 ペンファブリックの取り組みは、その先例と位置付け

 られる。1973年に設立された同社は、4年前まで

 存続の危機にあったのだ。
 

  (PP.028-029) 


次の図をご覧ください。
東レが繊維業界の「巨人」であることが、一目瞭然です。


東レは繊維事業で圧倒的な“一人勝ち”

東レは繊維事業で圧倒的な“一人勝ち”

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.029)



ペンファブリックの話に戻りますが、
日覺昭廣(にっかく・あきひろ)社長は、
ペンファブリックについて、こう語っています。


 「現地の社長のみならず一般社員までが、

 自律的に動けることが強みだ」と、

 東レの日覺昭廣社長はペンファブリック

 を高く評価する。「現実を直視し自助の精神

 をもって課題を解決する」という東レの企業

 理念が、マレーシアでも存分に発揮された。
 

  (P.030)


ここで、東レの歴史を振り返ってみましょう。
そこには七転び八起きが88年間続いたそうです。

『日経ビジネス』の記事に基づいて、七転び八起きを再現してみます。


[一転]      1963~67年頃  日米繊維貿易摩擦

[ニ転]      1971~72年頃  ニクソン・ショック

[三転]      1973~77年頃  石油危機

[四転]      1983~85年頃  プラザ合意

[五転]      1991~95年頃  バブル経済崩壊

[六転]      1997~2001年頃  アジア通貨危機

[七転]      2007~09年頃  リーマンショック

[八起き!]   2014年(予想)



この88年間に注目すべき点があります。


1967年  ツイッギーでナイロンPR

1968年  水処理膜開発開始

1970年  東レ(元東洋レーヨン)に社名変更

1971年  炭素繊維生産開始

1987~97年(社長)、2002~04年(CEO)
       前田勝之助氏が事業立て直し

2003年  ファーストリテイリング(ユニクロ)と
       機能性肌着「ヒートテック」を共同開発

2006年  米ボーイングと炭素繊維長期供給契約  


「水処理膜開発」や「炭素繊維生産」は、
40年以上前から始まっています。


日覺さんが、
「有望だと確信すれば、数十年待つことも
いとわない」 
と言う、東レのブレない方針が実を結んでいる、
と言えます。


「小さく産んで大きく育てる」
ということなのでしょう。


じっくり育てるという精神です。


長年の研究に裏打ちされた技術力と、
製品の市場性を見据える目がなければ、
不可能なことです。


ファーストリテイリングと協業を開始した経緯
について、ご紹介しましょう。  


 「我々向けの専門部署を作ってもらえませんか」。

 ファーストリテイリングの柳井正会長兼社長が

 東レの前田氏を訪問したのは、危機が顕在化

 した2000年のことだった。フリースブームを

 起こしたとはいえ、当時のファストリの売り上げ

 は約2200億円。企業として“格下”の相手で

 あったが、前田氏は柳井氏の申し出に応じた。 
 

  (P.032) 


柳井さんも前田さんも、お互いに大人物だ、
と思います。


「私は、『ユニクロの専門部署を社長、もしくは
会長直轄で作ってほしい』とお願いした」(P.032)
という、柳井さんの思い切った申し出だったのです。


柳井さんは、いくら自信があるとはいえ、
相当度胸が据わっていなければできない、
大胆な申し出をしたのです。


一方、前田さんは、相手がたとえ“格下”で
あっても、柳井さんの真剣さと、経営者の器の
大きさを認めることができたのです。
これまた器の大きな人物だったからでしょう。


プロの経営者同士が、認め合ったということ
でしょう。


当初は、お互いにお手並み拝見といった風情
であったかもしれませんが。


ここで注目すべき点は、東レとユニクロは合弁
会社を設立したわけではない、ということです。


あくまで業務提携です。
その理由は、
「両社のトップが共に『運命共同体』と言うほど
緊密な関係だが、常に緊張感が漂うパートナー
同士で」(P.032)あり続けたい、
と考えているからです。


柳井さんは、東レとのパートナーシップについて、
インタビューでこう述べています。


 お互いのノウハウを伝え合うことで、

 最初は単なるパートナーだったのが

 「ベターパートナー」に、そして10年

 以上経った今では、「ベストパートナー」

 と呼べる存在になった。当社は2020

 年度に売上高5兆円を達成すると宣言

 しているが、実現には東レの力が欠か

 せない。運命共同体だと考えている。
 

  (P.032) 


柳井さんは、上記のように語った後、
さらに注目すべき発言をしました。


 しかし、次の10年も同じ体制で成功できる

 とは考えていない。技術進化や情報伝達

 のスピードがものすごく速くなり、世界中の

 顧客ニーズに応えないといけなくなった。

 こうした変化に対応するには、東レと我々

 の力だけでは足りなくなる。

 つまり、「オープンイノベーション」をもっと

 強力に推進する必要があるだろう。


 東レ・ユニクロと組んで世界一になりたい

 という企業を巻き込んで「ウィン・ウィン」の

 関係を構築したい。


 ただ、どんな相手が入ってきたとしても、

 東レと我々が運命共同体であることは

 変わらない。それだけの信頼関係を10年

 かけて築き上げてきた。

 
 世界の需要はものすごく大きい。2社だけ

 で全て取れると思ったら大間違いだ。


 今は色々な技術で世界一の東レも、永遠に

 その座にいられるとは限らない。

 イノベーションを実現したところが、世界一

 になるんだと思っている。
 

  (PP.032-033) 


ここまで、一歩も二歩も踏み込んだ発言をした
ことはないかもしれません。


少なくとも、こうした発言を見聞きしたのは、
私には初めてのことでした。


ファーストリテイリング会長兼社長 柳井正氏

ファーストリテイリング会長兼社長 柳井正氏

(『日経ビジネス』 2014.10.27 号 P.033)



次回は、「PART2 石の上にも50年 執念で生き残る」
をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





三菱重工 遅すぎた改革、最後の挑戦  2014.10.20 <3>




日経ビジネスの特集記事(78)

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦
2014.10.20



今週の特集記事のテーマは

国内市場に依存し、改革が遅れ、停滞を続けた
三菱重工。
世界市場で取り残されまいと、硬直的な組織を
変え始めた。
欧米勢との実力差に愕然とし、遅まきながら
国際化を急ぐ。
だが、頼みのモノ作りは世界の壁に突き当たり、
トラブルが目立つ。
経営陣の危機感が現場に浸透しているとは
言い難い
 (『日経ビジネス』 2014.10.20 号 P.025)

ということです。


三菱重工遅すぎた改革、最後の挑戦

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 表紙)




前回は、GEやシーメンスなどの海外の巨人たちとの
戦いにおいて、大きく水を開けられている実情を
お伝えしました。


最終回は、社長の宮永さんの危機感が従業員の心に
届いているか、その1点に注目してお伝えしていきます。


尚、PART4は変則的に、編集長インタビューで構成され
ています。詳細は、日経ビジネスのインタビューをご覧
ください。



PART3 宮永社長 初めての「経営」

宮永さんは、キーマンとなる人物を抜擢し、
日立製作所と事業統合した会社のトップに据えました。


私は、その人物は宮永さんの後継者の一人と目されて
いると感じました。そのキーマンとは?


 今年5月、三菱日立パワーシステムズ(MHPS)

 社長の西澤隆人は、緊張した面持ちで三菱重

 工業社長の宮永俊一と対峙していた。

 台湾新幹線なども手掛け、国際感覚あふれる

 西澤は、世界の巨人に負けない会社を目指す

 という改革の先兵的な役割を期待して、宮永が

 抜擢した人物だ。


 率いるのは2014年2月に設立した、三菱重工

 と日立製作所の火力発電事業の統合会社。

 三菱重工が65%を出資して主導権を握り、

 世界で拡大する発電設備の獲得を目指す

 グローバル戦略の要である。


 その日、西澤には腹案があった。三菱重工と

 日立という文化が大きく異なる2社を早急に

 融合するため、両社の生産現場の部長級を

 そっくり入れ替えるという荒業の決行だ。


 西澤は「半年は混乱が続くだろう」と宮永に

 心中を打ち明けた。宮永は一言、「正しいと

 思うならやってください」と告げ、背中を押した。
 

  (P.036)


ここで重要な事は、権限移譲したのであれば、
すべてを任せることです。一任するということは、
簡単のようで、そう簡単なことではありません。


つい口出ししたくなるのが人情です。
日本人のそうしたウェットな部分に目をつむり、
欧米の巨人たちに対峙するためには、ドライな
対応が不可欠だ、と宮永さんと西澤さんは確認
し合ったのだ、と思います。


西澤さんの決断は、手本にしたケースがありました。


 旧NKK(日本鋼管)と旧川崎製鉄の統合

 で生まれたJFE。

 当時社長(現相談役)だった数土文夫が

 お互いの製鉄所の部長クラスを総入れ替え

 する「交換人事」を断行。

 統合効果を早期に引き出し、業績回復と

 グローバル化を果たした。「数土さんのやり方

 はすごい」と感じ入った西澤は、教えを請いに

 JFEの門を叩いた。
 

  (P.037) 


すぐに行動に移した西澤さんもすごいと思います。
フットワークの軽い経営者は、そう多くはいない
でしょう。自分の代わりに誰か他の人物に任せる
ケースが多いと思います。


さらに、「交換人事」という「荒業」を早急に断行した
点もすごいと思います。


判断・決断・断行という「3断跳び」と、私は言って
いますが、判断・決断という二段階の思考過程を経て、
断行という行動が素早くできるかどうかが、極めて重要
です。


 交換人事は今年10月1日に実施した。

 三菱重工の拠点だった長崎工場と、日立側の

 主力工場だった呉工場の間で、設計部長と

 製造部長を入れ替えた。現場を統括する管理者

 も交換した。
 

  (P.037)


交換人事の対象となった人たちや、現場で働く人たち
は混乱すると同時に、反対は相当なものだった、
と推測されます。


西澤さんは、そんなことは百も承知で、文化が大きく
異なる2社を融合するためには、強烈な刺激を短時間
に与える必要がある、と判断したのでしょう。


ただ、西澤さんは辞令を出し、突き放すだけといった
ことはしませんでした。ケアをきちんとしました。


 西澤は異動の2週間前となる9月中旬、

 MHPS本社の入る三菱重工横浜ビルに、

 辞令が下りた部長8人、統括十数人を

 集め、こう語りかけた。

 「今度の人事で君たちは現場で絶対に困る

 だろう。ノイローゼになるかもしれない。

 だからちゃんと(私が)現場を見に行く。

 1人で悩まず執務室に来てほしい。心配事は

 いつでも相談してほしい」。アウェーとも言える

 現場に送り出す社員たちにそう訴えかけ、

 冷静さを取り戻させたのだ。
 

  (P.037) 


ここまで気を使ってくれたトップに、異動の決まった
人たちが、早急に、目に見える成果で応えようと
いう気持ちにさせた、と思います。


さらに、西澤さんは新たな策を講じました。
米国現地法人の社長や駐在員の入れ替えも行った
のです。


背景には、米国人の不満がありました。


 西澤は米国各地の拠点を訪れて「ここにいる

 日本人は役に立っているか?」と質問した。

 しかし、米国人の誰からも「イエス」の回答は

 なかった。そこで駐在員70人のうち、

 生産管理など必要な人員を20人だけ選ぶと、

 残り50人は「日本に帰れ」と命じた。

 駐在員は突然の辞令に面食らった。


 社内に不穏な空気が広がったが西澤は決断を

 翻さなかった。

 厳しい態度の背景には、現場を担う米国人の

 募る不満があった。日本人ばかりが実権を握り、

 米国人の現場採用者は冷遇されていたのだ。
 

  (P.037)


引き続き行われた改革は、現地法人の社長を
米国人に就けたことです。


しかも、現地法人の経営で実績のある日立方式
を採用したのです。


 マイナー出資者である日立方式の導入に

 踏み切る。日立は海外法人を、トップを含め

 て現地の人材に任せて、権限も移譲し、

 経営や営業の現地化を進めてきた先駆者で

 ある。


 西澤は駐在員の帰国に先立ち、今年4月、

 米国のトップを米国人のデビッド・ウォルッシュ

 に委ねる人事を決めていた。
 

  (P.038)


矢継ぎ早の施策に、社員の戸惑いは並大抵の
ことではなかったはずです。


ですが、そのような荒療治を断行しない限り、
硬直した三菱重工の組織を変革する最善策
はなかったのだ、と思います。


そうしなければ、生き残っていけない、と三菱重工
の経営層はひしひしと感じていたからでしょう。


宮永さんの話に戻します。
宮永さんが西澤さんというキーマンを抜擢したのは、
三菱重工を改革するためには自分の右腕となって、
共に行動してくれる人物が必要だったからです。


その覚悟ができている人物が、西澤さんだったの
でしょう。


社内のゴタゴタに時間を割いている場合ではない
のです。全社一丸となって、欧米の巨人と戦っていか
なければならない状況に、既になっているからです。


 GEやシーメンスという世界メジャーを相手に、

 初めて真剣勝負を挑まなければならなくなった

 経営者としての「恐怖心」がある。

 実際、宮永は「自分よりすごい経営者がいて、

 負けている。引き離されている。そんな恐怖心

 がある」と明かしている。
 

  (P.038)


宮永さんは「恐怖心」と戦いながら、今頃、武者震い
しているかもしれません。
「何としてでもやってやるぞ!」と。


下図をご覧ください。
三菱重工を取り巻く業界の相関図です。
三菱重工は日立製作所と火力発電事業で提携
しましたが、東芝は火力発電整備でGEと合弁
会社(ジョイント・ベンチャー)を設立しています。


さらに、三菱重工は仏アレバと原子炉を共同
開発しています。シーメンスと製鉄機械事業を
統合しています。


M&Aを進めながら巨人GEに挑む

M&Aを進めながら巨人GEに挑む

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 P.039)




宮永さんを中心に、三菱重工を早急に変革しようと
していますが、厚い壁に阻まれているというのが、
現実でしょう。


 三菱重工を変えるのは、決して簡単なこと

 ではない。最大のハードルは、経営者の

 危機感がなかなか現場に伝わらないことに

 ある。
 

  (PP.038-039)


その大きな理由の一つに「現場の神様」
存在があります。


 「三菱重工にはどの現場にも“神様”がいる」。

 そう話すのは、今春に三菱重工を退社した

 元社員だ。神様とは名人芸を持つベテラン

 社員、すなわち匠のこと。神様の発言に現場

 社員は逆らえない。現場によっては、経営トップ

 の指令より重要視されることも度々だという。

 高いレベルの技術を持つ匠はまだいい。

 問題なのは、実力がなくともある年次に達すると

 自動的にポストが用意され、匠に祭り上げられて

 いる人も少なくないことだ。

 若手社員らは、こうした大量の匠の存在が経営陣

 との距離感を広げ、自分たちの創意工夫を生かす

 舞台を奪っていると不満を募らせる。 
 

  (P.039)


長年、快適な「ぬるま湯」に浸かってきたため、
変化を嫌う体質が出来上がっています。


典型的な「茹でガエル」です。徐々に温度が
上がってきていることに気づかず、最後は
茹で上がってしまう事態になりかねません。


宮永さんたちの奮闘努力は実を結ぶのでしょうか?


 三菱重工が置かれている現実を社員に突き付けて

 覚醒させる。宮永は、自身が感じた恐怖心を、

 社員たちに浸透させられるのか。問われているのは、

 経営のリーダーシップそのものである。
 

  (P.039)




PART4 三菱重工 宮永俊一社長 インタビュー
常に負ける恐怖心 神に祈るような気持ち


このインタビューは、
日経ビジネスのインタビュー(142)
常に負ける恐怖心 神に祈るような気持ち

に掲載しましたので、ご覧ください。


宮永さんの「覚悟」が、ひしひしと伝わってきます。




PART5 “化石”にならないために

三菱重工の実情と今後の展望について見てきました。
このパートでは、日本の産業界で“化石”となった
三菱重工のどこが問題なのか、そして、日本では
三菱重工のようなケースは決して、例外ではないこと
を知るべきだ、というのが『日経ビジネス』取材班の
見解です。


マッキンゼー・アンド・カンパニーの元コンサルタント
だった一橋大学教授、名和高司さんはこう語っています。


 「改革で少し成果が出ると安心してしまい、

 形状記憶合金のように元に戻る企業が

 少なくない」。『失われた20年の勝ち組企業

 100社の成功法則』の著者で、マッキン

 ゼーの元コンサルタントとして数多くの

 メーカーの改革に携わった一橋大学教授、

 名和高司はこう警鐘を鳴らす。
 

  (P.044)


結局、改革を最後までやり抜く覚悟ができて
いるかどうかが、問われているということです。


 問われているのは改革をやり抜く覚悟だ。

 三菱重工がこれから改革を成功させる

 には条件がある。どのような企業を目指す

 のか。明確なビジョンを掲げることだ。

 そうすれば、どの事業が不要で、もしくは

 重要なのか、鮮明に見えてくるはずだ。
 

  (P.044)


ところが、現状の三菱重工を見ると、不採算部門
や将来性の乏しい事業からの撤退が不十分だ、
と『日経ビジネス』取材班は指摘しています。


 問題なのは、不採算だったり、将来性が

 期待できなかったりする事業からの撤退

 がほとんど進んでいないことだ。


 「50以上のビジネスユニットや700の製品

 はもっと絞り込みたい」と宮永は話すが、

 具体的な候補は、はっきり示されていない。
 

  (P.044)


三菱重工のようなケースは、日本の産業界では
例外ではありません。ただ、三菱重工はあまりに
変化してこなかったことに大きな問題があったの
です。


 三菱重工は、日本の産業界の中で、

 今や“化石”のような存在といっていい。

 その改革を「遅すぎる」と嗤(わら)う人も

 いるかもしれない。だが、変われないという

 意味では、「同じような悩みを抱えている
 
 日本企業はそこら中にある」(一橋大学

 教授の名和高司)。
 

  (P.045)


あなたの会社は大丈夫ですか?


「脱皮できない蛇は死ぬ」という言葉もあります。
変化できない組織、企業そして人間も、
「待っているのは衰退への道」(P.045)を
突き進むことになります。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





三菱重工 遅すぎた改革、最後の挑戦  2014.10.20 <2>




日経ビジネスの特集記事(78)

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦
2014.10.20



今週の特集記事のテーマは

国内市場に依存し、改革が遅れ、停滞を続けた
三菱重工。
世界市場で取り残されまいと、硬直的な組織を
変え始めた。
欧米勢との実力差に愕然とし、遅まきながら
国際化を急ぐ。
だが、頼みのモノ作りは世界の壁に突き当たり、
トラブルが目立つ。
経営陣の危機感が現場に浸透しているとは
言い難い
 (『日経ビジネス』 2014.10.20 号 P.025)

ということです。


三菱重工遅すぎた改革、最後の挑戦

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 表紙)




初回は、業績好調に見える三菱重工が、財閥解体
という厳しい歴史を経て、全社統合したようでいて、
実は縦割り組織を脱却できずにいる、という実態を
お伝えしました。


今回は、海外の巨人たちとの戦いにおいて、
大きく水を開けられている実情をお伝えしていきます。


国内企業とすれば、年間売上高3兆円超は素晴らしく
見えますが、海外へ目を転じると、GEやシーメンスは
その数倍の大きさです。容易に埋めることができない
数字です。


社長の宮永さんは、危機感を募らせ、海外の巨人たち
との差を少しでも詰めようと、スピード感を意識して事業
展開しています。


果たして、宮永さんの危機感は末端の従業員の心に
届いているのでしょうか?



PART2 いつの間にか取り残された

日本では、長年、英語化された「ケイレツ」の下に
グループを形成し、共存共栄してきました。


ところが、「ケイレツ」が崩れてきている、と感じて
います。瀕死の状態だった日産自動車の立て直し
のためにルノーから派遣されたカルロス・ゴーン
さんは、「ケイレツ」を断ち切りました。


「しがらみのない外部の人間だからできた」、
と一言で片付ける人もいますが、それほど簡単な
ことではなかったはずです。


ゴーンさんは日産自動車には、片道切符で来た
のです。帰りの切符は持っていませんでした。


さて、「ケイレツ」に関連して、商慣行にどっぷり浸かっ
ていた三菱重工は異変に遭遇しました。



 今春、三菱自動車が発売した軽自動車

 「eKスペース」。以前は当たり前のように

 組み付けられていた、筆頭株主である

 三菱重工業製の基幹部品が見当たらない。

 エンジンに装着し、低燃費と高い走行

 性能を両立させるターボチャージャー

 (過給機)のことである。

 代わって採用されたのがIHIだ。


 これまで「三菱自は三菱重工を使うという

 感覚があった」(IHI車両過給機セクター

 グローバル企画部長の武井伸郎)。

 それだけに武井は「エポックメーキングな

 こと」と興奮を隠さない。

 三菱自の調達部門の担当者は「価格競争力

 で選んだ」と話す。軽は日本の新車販売の

 約4割を占める一大市場だけに、IHIは大きな

 ビジネスチャンスを三菱重工から奪取したこと

 になる。

 三菱自に三菱重工以外の選択肢を与えたのは、

 日産自動車との提携という外部とのつながり

 だった。
 

  (PP.032-033)


IHIとは、以前は石川島播磨重工業という社名
でした。IHIは日産自動車と関連があります。


ゴーンさんが日産自動車を立て直すために、
宇宙航空事業部をIHIへ売却しました。
自動車事業に特化するためでした。


三菱重工は、「井の中の蛙大海を知らず」であり、
「茹でガエル」でもあったのです。


価格競争が激化してきているにもかかわらず、
今までどおりのやり方に固執し、基幹部品を安く
作ることに意識が向かなかったがために、しっぺ
返しを喰らうという、「成功の復讐」にも遭ったの
です。


問題は、今回の「敗戦」を現場の人たちが重く
受け止めていないことです。
表面上だけかもしれませんが、意に介さない
という態度を示しています。


 三菱重工ターボSBU(戦略ビジネスユニット)

 長の梶野武はeKで採用されなかったことに

 ついて、「我々の売り上げは9割が海外。

 メーンターゲットは欧州の高級車だ」と影響の

 小ささを強調する。だが、「三菱重工離れ」は

 三菱自のターボチャージャー以外にも広がる

 可能性がある。
 

  (P.033) 


顧客の変化に気づくのが遅れたというのが、
実態でしょう。「三菱重工離れ」はこの一件だけ
ではありませんでした。


 長く付き合ってきた顧客が変化し、取り残さ

 れる三菱重工。この構図は、三菱グループ

 との関係にとどまらない。

 三菱重工の中で電力会社向けのビジネスを

 中心とする「エネルギー・環境」ドメインの

 連結売上高は2013年度で1兆2539億円。

 同社の連結売上高の37.4%を稼ぐ。

 この屋台骨が大きく揺らぎ始めた。
 

  (PP.033-034)


その時期とは、2011年3月11日に発生した
東日本大震災以降のことです。


 三菱重工などの重電メーカーは、電力会社に

 高めの見積もりを提示。電力会社は値引きを

 求めはするが、重電メーカーに利益が十分残る

 水準にとどめるケースが多かった。

 電力ビジネスは三菱重工にとって、利益の源泉

 であり続けたのだ。

 だからこそ、電力会社に提案を求められれば、

 無償で設計図を作成するなど、手厚い対応を

 欠かさなかった。


 だが、この蜜月関係は2011年の東日本大震災

 によって消滅する。全国の原子力発電所が停止

 したことで、盤石だった電力会社の経営基盤は

 弱体化した。
 

  (P.034) 


慣れ合いの関係が、長く続いていたのです。
その関係を断ち切る引き金となったのが、
東日本大震災だったのです。


変わったのは、電力会社だけではありませんでした。


 変わったのは、国や地方自治体という官需も

 同じだ。1990年代には年間35兆円あった

 公共事業などの政府建設費は、直近では

 半分以下の15兆円前後に減少。三菱重工

 が強かった橋梁や水門の売り上げは激減

 した。
 

  (P.034)



公共事業の話がでましたので、関連したことを
お伝えします。


大前研一さんは、日本の公共事業は「土建業だ」
と指摘したことがあります。箱物ばかり建てて、
中身が無いこと(ハコモノ行政)を指したのです。


典型的な例は、地方自治体の各地に点在する
美術館です。建物はたいそう立派なのに、
館内の美術品に目を見張るようなものが、
ほとんどないからです。



下図をご覧ください。
三菱重工の主な製品と顧客を「三菱」のマーク
のそれぞれの菱型の大きさで表しています。


電力会社や官需、三菱グループとともに生きてきたが・・・

電力会社や官需、三菱グループとともに生きてきたが・・・

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 PP.032-033)



官需が最も大きく、次に大きいのは電力など規制業種で
民需は最も少くなっています。


官需: 宇宙ロケット 戦車 軍用ヘリ 橋 水門

電力など規制業種 : タービン 電車 原子力発電所
              LNG船

民需: MRJ 風力発電 ターボチャージャー エアコン


余談になりますが、官需に宇宙ロケットとありますが、
日産自動車の宇宙航空事業部からIHIへ転籍した、
私の古くからの友人の話では、自衛隊向けのミサイル
の設計を日産時代からしてきたそうです。



今回のテーマである、海外の巨人たちとの格差を
知るために、下記の数字をご覧ください。


一目瞭然です。


米GE  売上高 15.3兆円  営業利益 2.53兆円
         (2013年12月期)

独シーメンス  売上高 10.7兆円 営業利益 7073億円
         (2013年9月期)      

日立製作所  売上高 9.6兆円 営業利益 5328億円
         (2014年3月期)

三菱重工業  売上高 3.3兆円 営業利益 2061億円
         (2014年3月期)




 三菱重工相談役の佃和夫は「僕たちも

 変わろうと必死だったけれど、それ以上に

 世の中は進んでいた」と認める。

 そしてこう続けた。「GEやシーメンス、世界

 の競争相手が動くスピードはもっと速い」。

 三菱重工が変わり切れずにもがいている

 間に、欧米大手の背中は遠のいていた。
 

  (P.034


上記の数字について、『日経ビジネス』編集部は
次のように解説しています。


アベノミクスの恩恵を受けながら、海外の大手
企業との差は開く一方です。


 4.6倍。三菱重工とGEの2013年度の

 売上高格差だ。営業利益率は三菱重工

 の6.2%に対してGEは16.5%。

 過去5年間の時価総額の推移を見ると、

 GEが約2倍になったのに対し、三菱重工

 はアベノミクスの追い風を受けたものの

 1.5倍にとどまった。今年6月に仏アルス

 トムのエネルギー部門買収を巡る戦いに

 挑んだ相手は、事業規模でも収益力でも、

 三菱重工のはるか先を走る。 
 

  (PP.034-035)


こうした現状に、宮永さん他の経営陣は
どんな対策を講じるのでしょうか?
そして、その勝算はあるのでしょうか?



次回は、「PART3 宮永社長 初めての『経営』」
他をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





三菱重工 遅すぎた改革、最後の挑戦  2014.10.20 <1>




日経ビジネスの特集記事(78)

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦
2014.10.20



今週の特集記事のテーマは

国内市場に依存し、改革が遅れ、停滞を続けた
三菱重工。
世界市場で取り残されまいと、硬直的な組織を
変え始めた。
欧米勢との実力差に愕然とし、遅まきながら
国際化を急ぐ。
だが、頼みのモノ作りは世界の壁に突き当たり、
トラブルが目立つ。
経営陣の危機感が現場に浸透しているとは
言い難い
 (『日経ビジネス』 2014.10.20 号 P.025)

ということです。


三菱重工遅すぎた改革、最後の挑戦

三菱重工
遅すぎた改革、最後の挑戦

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 表紙)




PROLOGUE 好業績が隠す停滞

まず、三菱重工の現況について、『日経ビジネス』は
レポートしていますので、見てみることにしましょう。


表面上は問題がないように見えますが・・・


 三菱重工は久方ぶりの好業績に湧いている。

 2014年3月期の営業利益は2061億円と

 17期ぶりに過去最高を更新。2013年4月に

 社長に就任した宮永俊一の改革手腕を評価

 するアナリストは多く、株価も高値で推移する。 
 

  (P.026)


ですが、『日経ビジネス』は別の観点から、
厳しい見方をしています。


 一見、成長局面に差し掛かったようにも見える。

 だが、三菱重工が抱える根源的な課題は何も

 解決してはいない。
 

  (P.026) 


どのような点で、「三菱重工が抱える根源的な課題
は何も解決して」いないと言えるのでしょうか?


 現代へとつながる縦割り組織の弊害は、戦後の

 財閥解体によって西日本重工業、中日本重工業、

 東日本重工業の3社に分割されたことに始まる。

 戦後の経済成長期、3社は同一製品、同一業態

 のまま、競争を繰り広げた。


 1964年に再統合するも、複数事業所で船舶や

 タービンといった同一製品を製造・販売する体制

 は変わらなかった。


 独自の文化、伝統と強すぎる事業所意識は、

 本社の管理を拒絶。ヒト・モノ・カネは事業所単位

 で統括し、本社役員よりも事業所長の持つ人事権

 の方が強大だった時代が続く。
 

  (P.026)


社風(コーポレート・カルチャー)の異なる複数の企業
が合併し、社風を統一することがいかに大変なことか、
は多くの事例で知るところです。


私も経験しています。


同様に、三菱重工のようなケースもあるのですね。
「財閥解体」という歴史がずっと尾を引いてきたという
事実は、三菱重工にとって、長年にわたって、
大きな「重し」となってきました。


では、なぜ改革は遅れたのでしょうか。
それには、「財閥解体」とは異なる、三菱グループや
国、電力会社といった国内の超優良顧客の存在により、
安定した取引を支えられてきた、という経緯があります。


敢えて海外に打って出る必要性が、乏しかったのです。


 三菱グループや国、電力会社といった、グローバル

 競争とはかけ離れた超優良顧客の存在があった。

 組織を効率化し、コストを削り、付加価値を高め、

 必死で営業するという努力が不十分だったとしても

 やってこれた。

 だが、時代は変わった。先進国のインフラ投資は

 一巡し、主戦場は新興国へと移った。新興メーカー

 の台頭も著しい。
 

  (P.027) 


時代が変わり、かつての超優良顧客が1社また1社と
離れていきました。自社の経営効率が問われることに
なり、今までのような慣行は通用しなくなったのです。


背景には、外国人投資家と三菱重工の競合企業の
存在がある、と私は考えています。


「モノ言う」外国人投資家は、社内留保を減らし、
配当金の増額を要求し、株価を上げるような施策を強く、
求めます。


経営陣は、そうした要求に応えなくてはならなくなったの
です。


また、長年の慣行となっていた三菱重工との取引を
見直す動きが出てきています。


品質、価格、メンテナンスなどのサービスを含め、
国内外の企業へ視野を広げ、過去の実績にしばられず、
取引を開始するケースが増えてきたのではないか、
と私は推測しています。


 かつての超優良顧客は徐々に三菱重工から

 離れ始めた。モノ作り力も世界の高い壁に

 ぶつかっている。高度成長とともに躍進した

 三菱重工は、その陰りとともに存在感を失った。

 以来、30年にわたって売上高が年3兆円前後

 とほぼ横ばいで、成長を果たせなかったことが

 何よりの証左だろう。
 

  (P.027)


ここで「モノ作り力」という言葉が出てきました。
今、「幻の名著」と言われる『ものづくり道』
(西堀榮三郎 ワック 2004年7月10日 初版発行)
という本を読んでいます。


西堀榮三郎さんといえば、第一次南極観測越冬
隊長として、特に有名ですが、京都大学助教授
を経て、東芝に入社し、モノ作りや品質管理で
大きな功績を残した人でもあります。


その西堀さんが、「創造性」について、次のように
書いています。とても参考になる話だと思います。


 創意工夫というか、「創造性」というものは

 切迫感が強ければ強いほど出てくるのである。
 

  (上掲書 P.29)


 しかし、切迫感だけでは「創造性」は生まれない。

 知識が必要なのである。

 創造性が生まれるためには、知識がニーズに

 結びつくことが必要で、そうしたとき「着想」という

 創造が起こるのである。では、ニーズとはいったい

 何かというと、社会や企業の要求とか問題の類

 (たぐい)である。
 

  (PP.30-31)


 知識と切迫感のほかに、もうひとつ大事なものが

 ある。それは「非常識に考える」ということであって、

 既成の概念に捉われているうちは新しい着想は

 浮かんでこない。


 物事に行き詰まると、まず事の本質を考える。


 新しいものを生み出す、あるいは新しいことをする

 ということは、「非常識」から出発することが非常に

 多く、反対者の多いイバラの道である。


 しかし、いかに険しい道であっても、新しいことを

 する勇気をもちたいと思う。
 

  (PP.32-34)

少し、引用文が長かったですが、要は、「創造性」
生み出すには、「切迫感」「知識」「非常識に考える」
の3つの要素が必要だ、ということです。


京セラの創業者の稲盛和夫さんが言った、
人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力
に通ずるものですね。


この3要素は、私たちがモノ作りに携わることがなくとも、
日常生活において、何か創造的なことをしたい、
と思った時に思い出してみるとよいかもしれません。



話を戻します。
三菱重工は過去、改革を試みたことはあります。
しかし、長年染み付いた体質がそうやすやすと変わる
ことはありませんでした。


 ようやく先代社長(現会長)の大宮英明が、

 事業本部制へと舵を切った。それまでは、

 給与明細のフォームや、社員番号すら

 事業所ごとにバラバラだった。原価計算の

 仕組みも、資材管理のコードも、事業所に

 よって異なった。

 
 だが、今なおグループ報の創刊にすら激しい

 反発を見せる事業所の存在は、三菱重工の

 改革がまだ緒に就いたばかりであることを

 象徴する。
 

  (P.027)


日経ビジネスオンラインに、大宮英明会長の
インタビューが掲載されていますので、
その一部をご紹介します。


日立製作所と火力発電事業で事業統合しましたが、
日立製作所との関連で、さらにもう一歩踏み込んだ
発言をしています。


 三菱重工は事業計画で年間売上高5兆円

 という目標を掲げました。

 とりわけ重要なのは海外です。

 歴史を振り返ると三菱重工は国内で庇護

 されてきました。

 例えば、発電システムでは、顧客である

 電力会社と一緒に物事を解決して、

 少しくらい(問題が)あっても一緒に育て

 ていこうとしてきた。



 ライバルは集約されていて強い。

 電力システムでは米ゼネラル・エレクトリック(GE)

 と独シーメンスが競合ですが、

 両社とも本社がある地域で極めて高い競争力を

 持っている。GEは米国政府の支援や後押しを

 受けています。

 いいかげんなことでは当社も戦えません。

 ですから自前主義を捨てて、5兆円の売上高規模を、

 何としても達成しないといけない。

 そこで今年2月に火力発電システム事業を日立製作所と

 統合しました。

 GEなどの動きも考えて、我々も引き金を引きました。



 グローバルに打って出ていくためには、

 まずは売上高5兆円を達成したい。

 2015年3月期の売上高は4兆円を見込んでいます。



 課題なのは、国際的に戦えるような体制になっている

 部分とそうでない部分があることです。



 自前主義からの脱却が一番難しい。

 三菱重工には700の製品があり、たくさんの技術者が

 います。

 「自分でやればなんでもできる。(外の力を借りなくても)

 自分でできるじゃない」と思っている人はたくさんいる。

 (再編で)本体から切り出されることへの抵抗感も非常に

 大きな障害になっていました。



 日立との全体統合はたぶんない。

 シナジーがどう出るのかですが、規模の大きなものを

 ばちゃっとつければいいということではありません。

 今回、日立と火力発電システムを統合したのは補完効果が

 大きいからです。



 (重電分野では)だんだんプレーヤーが少なくなっています。

 例えば、日立とは交通システムを一緒に売り込む。

 日立には鉄道車両もありますが、その辺の組み合わせが将来

 どうなるのか。将来そういうこと(2社の鉄道事業の統合)が

 あるといいな。チャンスはあるなと思っています。
 
 日立との全体統合はたぶんない
 三菱重工、大宮会長が語る改革の課題

 日経ビジネスオンラインから 
 聴き手は、山崎 良兵 記者  2014年10月20日(月)




PART1 モノ作りが通用しない

三菱重工は日本のモノ作りを支えてきた企業です。
現在、生産計画の遅延や計画の甘さによる損失が
頻発しています。
三菱重工の現場で何が起きているのでしょうか?


 三菱重工発祥の地、長崎造船所(長船=ながせん)。

 坂道が多く、長崎市内の至る所から湾内の造船所と

 建造中の客船が見える。2014年3月期に600億円もの

 特別損失を計上せざるを得なかったこの船は、

 約130年の歴史を持つ長船の苦悩を映し出していた。


 客船の発注者であるドイツのクルーズ会社、アイーダ・

 クルーズが三菱重工に求めたのは、顧客の設計図

 通りの「精巧な船」ではなく、これまでにないような

 「海のホテル」を造ることだった。それは、顧客と

 議論をしてゼロから設計する「プロトタイプ(一番船)」

 と呼ばれる船で、三菱重工としては初めての試みに

 なる。


 長崎の船造りの名人たちは、相次ぐ設計変更に翻弄

 された。内装工事に着手できぬまま、費用ばかりが

 かさんだ。
 

  (PP.028-029)


下図をご覧ください。
LNG(液化天然ガス)船(右端)とそのすぐ左にホテルの
ような造りの建造物は「客船」です。


キャプションを読むまで、それが「客船」とは気づきません
でした。あなははすぐに分かりましたか?


LPG船と客船(右から2つ目)を建造する長崎造船所

LPG船と客船(右から2つ目)を建造する長崎造船所

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 P.029)



三菱重工は商船造りならお手のものでしたが、客船となると
勝手が違いました。さすがの船造りの名人たちも戸惑いを
隠せませんでした。


それでも、三菱重工はやらなくてはならなかったのです。
躊躇(ためら)っている場合ではありませんでした。


 ゼロから客船を造る――。それは社長の宮永俊一

 らが掲げる、「三菱重工こそがやるべき、難易度と

 付加価値の高い事業にリソースを集中する」方針に

 沿うものだ。世界で戦える企業に脱皮するうえで、

 その戦略自体は間違っていない。ただ、力が及ば

 なかった。


 昨年の暮れ、長船の幹部は東京・品川の本社に

 頭を下げていた。

 支援要請を受けて、宮永はすぐ、工程管理のエース

 らを長崎に派遣することを決める。

 「客船は長崎造船所だけの問題ではなく、三菱重工

 の問題だ」。宮永は頻繁に長崎を訪れ、そう繰り返す。
 

  (P.029) 


宮永さん他の経営陣が決定した、「客船」の建造は、
長船だけではできないことを知っていたのではないか、
と私は推測しています。


長年染み付いた縦割り組織を解体し、横断組織に改革
するためには、言葉を尽くすだけでは不可能であり、
縦割り組織ではもはや機能しないことを現場に気づかせる
ために、敢えて、不可能な課題を与えたのではないか、
と思っています。


そうでなければ、「支援要請を受けて、宮永はすぐ、
工程管理のエースらを長崎に派遣することを決める」
ことはできなかった、と思うからです。


このような事態に直面することを、宮永さん他の経営陣は
予測していた、と考えるのが自然です。


 三菱重工が「世界で戦える企業」に変わろうと

 もがき始めた途端、今までのモノ作りが通用

 しない現実を突き付けられたのも事実だ。

 それは長崎の客船のように、同社を象徴する

 大型の製品に限らない。
 

  (P.029)


その1例は、チラシ印刷機の価格差に愕然とした、
という話です。


 今年1月に三菱重工印刷紙工機械(広島県

 三原市)とリョービの商業印刷機事業が統合

 して発足した、リョービMHIグラフィックテクノ

 ロジー(同府中市)。


 「菊半」と呼ぶサイズの印刷機を比べると、

 三菱重工の値段はリョービより2割も高かった

 のだ。


 三菱重工には基幹部品を安く作る力が欠け

 ていた。
 

  (P.030) 



次に、下図をご覧ください。ジェット機の画像です。


「三菱リージョナルジェット(MRJ)」

「三菱リージョナルジェット(MRJ)」

(『日経ビジネス』 2014.10.20 号 PP.030-031)



日本航空(JAL)が導入を決めた、国産のジェット機です。
リージョナル(地域)という言葉が表しているように、
短距離飛行機です。国内と近隣国向けのジェット機です。


10月18日に名古屋市近郊でロールアウト(初披露)式典
を開く。


このMRJの納期がたびたび順延されてきました。
国内で建造されていたのにもかかわらず、どうしたことで
しょう?


 MRJの1次仕入先(ティア1)は31社。

 エンジンを担当する米プラット&ホイットニーを

 はじめ、ほとんどが欧米企業だ。旅客機造りの

 経験は三菱航空機よりもずっと長い。三菱航空機

 は開発を主導する立場であるはずなのに、国だけ

 を見ていればよかった自衛隊機造りの経験者が

 多く、納期やコストをうまく交渉できない。


 「MRJが失敗すれば、三菱重工も潰れかねない」。

 経済産業省のある官僚はこう指摘する。
 

  (P.031) 


三菱重工には乗り越えなければならない高い壁が
存在します。


初回から、かなりのボリュームになりました。
まだまだ続きます。




次回は、「PART2 いつの間にか取り残された」
をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





花王 奪還「失われた25年」  2014.10.13  <3>




日経ビジネスの特集記事(77)

花王
奪還「失われた25年」
2014.10.13



今週の特集記事のテーマは

米P&Gに勝つことを夢見た中興の祖、丸田芳郎氏
の社長退任から来年で25年。
海外事業で思うように伸ばせず、アジア攻勢でライバルの
ユニ・チャームに先を越されている。
国内では、カネボウ買収で2006年に24期連続増益は
途絶え、昨年は白斑問題が深刻化した。
そして今年2月、澤田道隆社長を残してすべての取締役が
退任する異例の決定を下す。
「技術」か「マーケティング」かという二項対立を超えた
「超・技術経営」。再攻の狼煙は上がった 
 (『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.026)

ということです。


花王<br />奪還「失われた25年」

花王 奪還「失われた25年」

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 表紙)




前回は、インドネシアや中国での花王の奮闘ぶりを
お伝えしました。


ただし、P&Gやユニリーバという強大な海外勢や、
国内では勝っているユニ・チャームにも海外では、
シェアで水を開けられています。


花王の再攻はその緒についたばかりです。


最終回は、強さのさらなる強化と、澤田道隆社長が、
「原点回帰」の方針を明確にした「超・技術経営」の
内容をお伝えしていきます。



PART3 盤石をもっと強く
成熟する国内市場を深掘り



まず、花王のヒット商品を時系列でご覧いただたい、
と思います。このうち、あなたはいくつご存じですか?
商品名は知っていても、 「花王の商品」 とは
知らなかったものもあると思います。


私は、すべての商品名は知っていましたが、そのうち
3分の2程度は 「花王の商品」 と分かりましたが、
残りは他社商品だと思っていました。


では、始めます。

70年 メリットシャンプー 
74年 8×4  
76年 カオーフェザー エッセンシャルシャンプー 
78年 ロリエ
80年 ビオレ
82年 ソフィーナ
83年 メリーズ
83年 バブ
87年 アタック
91年 リンスのいらないメリット
94年 クイックルワイパー
96年 ビオレ 毛穴すっきりパック
99年 健康エコナ クッキングオイル
03年 ヘルシア緑茶
03年 アジエンス
09年 アタック Neo
13年 ヘルシアコーヒー


概観していただきましたが、すごい数のヒット商品ですね!
全16品目です。


実際、 「花王の商品」 が他社商品を圧倒していることは、
データ上でもはっきり裏付けられています。 


 首都圏のスーパー、サミットが80年から毎年

 実施してきた新商品の人気ランキングによれば、

 家庭用品部門で花王は過去34年間で33回、

 5位以内に入賞した。その回数はライオンや

 P&Gの2倍以上の多さだ。

 サミットの田尻一社長は、「洗浄力などの花王

 製品の機能に対する消費者の信頼感は大きい」

 と評価する。

 販売シェアで見ても、カテゴリートップの商品は

 少なくない。洗濯洗剤では38%、シャンプーでも

 24%のシェアを抑えている(日経シェア調査)。
  

  (PP.040-041)


それでも、花王社内には危機感が漂っています。
それは、03年のヘルシア緑茶を最後に、
10年以上大ヒットは生まれていないからだ、
というのです。



「丸田(芳郎)さんの遺産で食べているという問題
意識は、花王社内にはずっとある」(P.041)と、
花王のある役員は打ち明けています。



『日経ビジネス』は花王の強さの源泉は4つある、
と指摘しています。


研究開発 総合力で需要の一歩先へ

販売 生産と一体の機動力生かす

コスト削減 知恵を絞る文化を浸透

リバースイノベーション 海外発の日本テコ入れ



研究開発 総合力で需要の一歩先へ


 今年8月、花王はシャンプーの主力ブランド

 「エッセンシャル」を久々にリニューアルした。

 実に、8年ぶりである。新商品で訴求したのは、

 髪を乾かす時間が従来製品よりも約4割も

 短縮できることだ。


 速乾性という新しい価値が実現したのは、

 技術だった。カギは髪の毛をコーティング

 してばらけさす成分。この成分は、化学

 事業が以前から持っていたもので、

 「髪の毛が縮みにくくなる」として、海外の

 シャンプーメーカーに販売していた。


 花王の強さの秘訣はここにある。化学や

 日用品、化粧品の各事業が持つ技術を

 横展開。どこの事業にも属さない基盤技術

 の開発にも余念がない。 
 

  (P.041-042) 


ここでも、 横断的組織 が生かされているのです。



販売 生産と一体の機動力生かす


 花王の強さの一つは、丸田社長時代に整備を

 進めた小売りとの直接取引であると言われる。


 花王は1970年代に卸を介さない自前の販社網

 を確立した。

 それが今も進化を続けている。
 

  (P.042) 


花王が「小売りとの直接取引」を始めたのは、
スーパーなどの目玉商品として、激安で販売
され、値崩れを起こしてしまうからです。


いったん、値崩れを起こした商品は、
ブランド価値を毀損し、適正利益を確保する
ことが困難になるからです。



コスト削減 知恵を絞る文化を浸透


 花王は86年から,TCR活動と呼ぶコスト削減
 
 プロジェクトを継続している。

 TCR活動は、長期化するデフレの下でも利益

 を絞り出す重要なツールとなった。


 一言でコスト削減と言っても、花王のTCR活動

 は通常のコスト削減活動とは様子が異なる。

 TCR活動の特徴は、「必ず知恵や工夫を入れる

 こと」(TCR推進室の井手一敏室長)だという。 
 

  (P.043) 


TCR活動を継続してきた成果が実を結び、
「細かいコスト削減を積み上げたことで、
2013年度はTCR活動が営業利益を
90億円押し上げた」(P.043)ということです。



リバースイノベーション 海外発の日本テコ入れ


 海外で生まれた様々なイノベーションを

 日本へ逆輸入する構想だ。


 エリアイノベーションの横展開は、日本

 だけでは出てこないイノベーションが

 生まれる可能性があるだけではない。

 ある地域で生まれた様々なイノベーション

 を様々な地域で使いこなすことで、

 開発投資の効率を高めることが可能になる。
 

  (P.043) 


国内だけでなく、様々な地域で 横断的組織 を生かし、
成果に結びつけていく試みがなされています。



下図をご覧ください。
長期デフレの下で、洗濯洗剤、柔軟剤、紙オムツの
価格下落を示しています。

長期のデフレに苦しんできた

長期のデフレに苦しんできた

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.042)



2004年度の値段を100とする折れ線グラフです。

洗濯洗剤   289円 ⇒ 244円  15%下落

柔軟剤     250円 ⇒ 234円   6%下落

紙オムツ   23.8円 ⇒ 20.6円  13%下落

(洗濯洗剤と柔軟剤は1パッケージ当たりの値段。
 紙オムツは1枚当りの値段。)





PART4 「技術の花王」再び
原点回帰は懐古か、挑戦か


澤田道隆社長は、「原点回帰」の経営方針を明確に
示しました。


「原点回帰」は懐古ではなく、挑戦でした。


 澤田社長は、社員に向けて「原点回帰」という

 言葉をよく口にする。「原点」という言葉から

 連想されるのは、花王の黄金時代――

 丸田時代の経営だろう。


 花王は、なぜまた「技術」という原点に立ち

 返ろうとしているのか。

 「むしろ今、さらにハイパーフォーマンスの

 『技術』が求められているからだ」と、

 吉田(勝彦)常務は説く。  
 

  (P.044) 


澤田社長にとって、「原点回帰」とは、「技術の花王」
に戻るだけではありませんでした。


「技術」と「感性」の一体化あるいは、融合でした。


 アジエンスは「感性のマーケティング」に

 チャレンジし、後発(資生堂のTSUBAKI 註:藤巻)

 に猛追された。だが花王はその「感性」すらも

 「技術」で取り込もうと試みている。


 カネボウが培ってきた「感性」を、花王の「技術」

 で分析しようという試みが始まっている。

 感性という定性的なものに対しても、心理学や

 生理学、脳科学などでアプローチしようという

 発想は、いかにも花王的だ。

 「技術」が「感性」を高め、また逆に感性の要素が

 入ることで技術が磨かれる。


 つまり、花王の「原点回帰」とは、化学技術が

 ヒット商品を生み出していた時代への回帰を意味

 するのではない。丸田経営を「技術経営」と呼ぶなら、

 今の花王が取り組むのは「超・技術経営」。

 感性のマーケティングから開発技術まで、あらゆる

 ものを「技術」で捉えようという姿勢だ。

 この経営が、「技術」の本丸である「基礎研究」をも

 強くする。
 

  (P.045) 



長期のデフレに苦しんできた

花王 元社長・会長 丸田芳郎 氏

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.045)




失われた25年を取り戻すべく、「技術」と「感性」
の一体化した、「超・技術経営」への挑戦は、
まだ始まったばかりです。



本特集を読んで、P&Gやユニリーバなどの
世界の巨人に対抗できる「グローバル企業」に、
国内のライバル、ユニ・チャームとともに、
成長してほしい、という思いを強くしました。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。






花王 奪還「失われた25年」  2014.10.13  <2>




日経ビジネスの特集記事(77)

花王
奪還「失われた25年」
2014.10.13



今週の特集記事のテーマは

米P&Gに勝つことを夢見た中興の祖、丸田芳郎氏
の社長退任から来年で25年。
海外事業で思うように伸ばせず、アジア攻勢でライバルの
ユニ・チャームに先を越されている。
国内では、カネボウ買収で2006年に24期連続増益は
途絶え、昨年は白斑問題が深刻化した。
そして今年2月、澤田道隆社長を残してすべての取締役が
退任する異例の決定を下す。
「技術」か「マーケティング」かという二項対立を超えた
「超・技術経営」。再攻の狼煙は上がった 
 (『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.026)

ということです。


花王<br />奪還「失われた25年」

花王 奪還「失われた25年」

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 表紙)




前回は、役員総辞職の背景と、国内では総合トイレタリー
メーカーとして圧倒的な強さを発揮しながら、海外では
苦戦している花王の実情の一部をお伝えしました。


今回は、中興の祖と言われた、元社長丸田芳郎さんの
「国体(国内市場)で勝ち抜いて、オリンピック(グローバル
市場)に挑戦しよう」
という願いが叶いつつあるのか否か、アジアからの報告
です。熱い戦いはさらに熱を帯びてきました。



PART2 内弁慶、海を渡る
動き出したアジア総力戦


日本では販売していない「アタック・Jaz1(ジャズワン)」
というインドネシアで生産している洗濯洗剤があります。
「地産地消」という言葉が、最も適しているかもしれま
せん。


 「アタック・Jaz1(ジャズワン)」

 それは、2014年6月に満を持して発売された、

 花王のアジア攻略を象徴するような新製品だった。
  

  (P.034)


どのような特長があり、どのような消費者をターゲット
にしているか注目して読んでみます。


一見すると、バイク部隊は日本でよく見かける新聞販売
勧誘の常套手段の一つで契約者に景品として提供する
ものでは、と連想しました。しかし、違いました。


ここはインドネシアです。


 バイク部隊が細々とサシェット(1000ルピア(約10円)

 で小売されるパッケージ 註:藤巻隆)を売っても、

 その利益では人件費を賄うことすら難しい。この販売

 手法自体は「赤字」なのだ。

 では、なぜバイク部隊を仕立てあげるのか。

 ワルン(個人商店 註:藤巻)は、売り場が極めて

 狭く、並べられる商品には限りがある。

 つまり、消費者がよく買ってくれる商品しか並べられ
 
 ない。

 
 そこでバイク部隊は、グロシール(卸売店 註:藤巻)

 経由でなく、ワルンに直接、商品を小売するのだ。

 「並ばないから売れない、売れないから並ばない」

 という悪循環を、「並んだから売れた、売れたから

 仕入れた」と“逆回転”させるのが狙いだ。

 目的はその売り上げではなく、「火付け」なので、

 バイク部隊は、一度訪れた地域は二度と訪れない。
 

  (P.035) 


「売れている」という話題づくりと、口コミを活用しようと
しているのでしょう。莫大な宣伝広告費をかけても、
必ずしも売上や利益に結びつかないからです。


そして、さらには「典型的なBOP(ベース・オブ・ピラミッド)
市場攻略法」(P.035)ということになります。
一番大きなボリュームの階層の人たちに販売していこう
としているのです。


ごく一部の富裕層に販売しても売上は伸びていかない
からです。家庭用品は消費財で、一度買ってもらったら
それでおしまいではなく、リピート商品です。


繰り返して購入してもらわなければ意味がないのです。


 世帯収入などを基準に策定される「社会階層(SEC)」

 分類で言う「Aクラス(上位富裕層)」「Bクラス(下位

 富裕層)」「Cクラス(中間層)」「D(下位中間層)」

 「E(低所得層)」 
 

  (P.036) 
 に分かれます。


日本の倍の人口を抱える、インドネシアの社会階層は
どうなっているでしょうか。


 インドネシアの総人口2億5000万人のうち

 約50%をCクラス(中間層)が、約25%を

 D・E(下位中間層・低所得層)が占めている。

 この層に向けた商品は、ローカルメーカーが

 圧倒的なシェアを持つ。

 これら中間層のニーズに応える洗濯洗剤を

 作りたい――。Jaz1のチャレンジが始まった。
 

  (P.036) 


一番ボリュームの大きなCクラス(中間層)に狙いを
定めた、ということですね。


下図をご覧ください。
それぞれの円グラフの緑の部分が花王のシェアを
示しています。


台湾、中国、タイ、インドネシアの四カ国の実態が
示されていますが、どの国と地域でも大きなシェア
は確保できていません。


比較的大きなシェアを確保できている、タイやインド
ネシアでも洗剤はユニリーバに大きく水を開けられ
ていますし、生理用品ではユニ・チャームの後塵を
拝しています。

国内のような強さはまだ発揮できず

国内のような強さはまだ発揮できず

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.036)



花王は中間層に販売していくため、まず中間層の
実態調査を開始しました。


 中間層の実態を知るために、約500人の

 インドネシア人にインタビューし、AからE

 (低所得層)までの各クラスについて、

 「どんな考え方を持っているか」「どんな嗜好が

 あるか」など典型的な仮想的人物像(ペルソナ)

 を作り上げた。これでCクラスなどの中間層が

 どのような暮らしをしているかを、日本チーム

 は頭に入れた。 
 

  (PP.036-037) 


これは、「3現主義」です。
「現」場に足を運び、「現」物を見て、「現」実を
知るということです。


私が「3現主義」を知ったのは、花王のライバル
である、ユニ・チャームの元社長、高原慶一朗
さんの著作からでした。


花王の社員の地道な調査から学んだものは
多く、かつ高い価値があった、と思われます。


 洗濯機が普及していないため、風呂場で

 かがみ込み、たらいで洗う。洗濯物の汚れ

 は日本より激しいようだ。

 平均年齢の低いインドネシアには子供が

 多く、おのずと汚れ物が増えるのだろう。

 道路が舗装されていないため砂ぼこりが

 舞いやすく、土汚れが付きやすいということ

 もあるかもしれない。
 

  (P.037) 


現地チームと共同で現地調査した、日本の
マーケティングチームは、
「激しい汚れを落とすための漬け置き」
「クリーム洗剤によるブラシ洗い」
をもっと機能的にできたら、消費者は喜んで
もらえる、と感じたそうです。


マーケティングチームは、3現主義を通して、
肌で感じた知識や情報を日本に持ち帰り、
開発チームにフィードバックしたのです。


さらに、開発チームも現地へ何度も赴き、
消費者と向き合ったそうです。


そうした結果、出来上がったのが「Jaz1」
だったのです。


 汚れを落とすこと。適度な泡立ちと泡切れ

 が得られること。花王の洗濯洗剤開発に

 関わるチームは、その技術を磨き続けて

 いた。


 それぞれの地域や水の出所によって水の

 硬度(カルシウムやマグネシウムを含む

 度合い)が著しく異なることが分かった。

 特に水に含まれるカルシウムは、洗剤の

 機能を低下させてしまう。つまり、高硬度の

 水で洗剤を使うと、汚れが落ちにくい。


 日本の開発チームは社内技術を見直し、

 高硬度の水でも高い洗浄力を発揮する

 成分を発見。他で使われていた材料を

 応用できると気が付いた。 
 

  (P.037) 


「Jaz1」のパッケージデザインにも拘ったそうです。

ワルン(個人商店)やパサール(小売集積地
註:藤巻)の中では、「天井や壁面からサシェット
型の食品や日用品がぶら下がり、照明や陽光
を遮るため、薄暗い」(P.037)からです。


 洗剤ブランド「アタック」のブランドカラーは

 緑色。

 コントラストを高めて、インパクトのある

 パッケージにする必要があるから、緑では

 なく赤を使ってはどうか。そんなアイデアが

 出た。最終的には赤をベースにして、

 白地部分と組み合わせることでコントラスト

 を際立たせた。

 パッケージの下部には、「漬け置きは5分で

 いい」「クリーム洗剤はいらない」という2つの

 メッセージをアイコンとともに掲載した。

 マーケティングチームが発掘し、開発陣が

 作り出したものをデザインに込めたのだ。

 Jaz1というブランド名は「Just1(ジャスト・

 ワン=これ1つ)」とも聞こえることから

 名付けられた。
 

  (P.037) 


クロスファンクショナルチーム(横断的組織)によって、
出来上がったのが「Jaz1」だったのです。


こうした事実を知り、日経ビジネス取材班はこのように
書いています。


 むしろインドネシア花王の社員たちが

 生み出した商品と言った方がいいだろう。

 彼らが、自分たちの国に適した商品を

 生み出そうという時、足りないリソースや

 手法を日本から借りている、というのが

 本質に近いはずだ。
 

  (P.037) 


さて、そうしたクロスファンクショナルチームで
商品化された「Jaz1」の売れ行きがどうなって
いるか、気になりますね。


 Jaz1は発売から4カ月が経過した10月初旬、

 想定を大きく超える売り上げを上げている。
 

  (P.038) 


ところ変わって、中国上海市郊外の七宝
(チーバオ)地区のショッピングセンター内
の様子が描かれています。


 最近急速に店舗数を拡大している子供

 用品チェーンの店内には、花王の紙オムツ

 「メリーズ」がひときわ目立つように大量陳列

 されていた。陳列棚には、メリーズブランドの

 商品が2種類並ぶ。向かって左側に並ぶ白い

 パッケージのメリーズは日本から輸入された

 商品。右側に並ぶ青いパッケージの商品が

 2013年1月から販売している中国工場製の

 商品だ。

 この店舗では、日本からの輸入品がMサイズ

 64枚入りで170元(約3000円)、中国工場製

 がMサイズ42枚入りで68元(約1200円)で

 販売されていた。1枚当たりに換算すると日本製

 が約2.6元(約46円)であるのに対し、(中国の)

 工場で生産している中国製は約1.6元(約28円)

 と1元ほどの開きがある。中国製は1枚当り1.5~

 2元が目安とされるボリュームゾーンに向けた

 商品だ。

 日本製の紙オムツはここ数年、中国消費者の

 人気を集めている。日本の技術への信頼を背景

 に、中国製で拡大を続ける中間所得層の開拓を

 狙う。

 違いは価格差だけではない。Jaz1と同様、

 日本のリソースを使いながら中国の消費者の

 ニーズに合う商品を作り上げた。 
 

  (P.038) 


インドネシアで培ったノウハウを社内で共有し、
転用したのです。


それにしても、2種類の紙オムツ「メリーズ」を
ピンクの棚には日本からの輸入品、青い棚には
ボリュームゾーンを狙った中国製の商品が置か
れているのは、よほどそのショッピンがセンター
との関係が、強化されていなければできないこと
です。


 販売面では花王自身が持つ流通ルートだけ

 でなく、2011年に提携した中国の日用品

 メーカー、上海家化連合のネットワークを

 活用している。それにより、江蘇省や浙江省

 などの地方都市の店舗にもメリーズが並ぶ

 ようになった。
 

  (P.039) 


花王が拘ってきた「小売との直販」という伝統が、
生かされていることが分かりました。


日経ビジネス取材班は、このパートの終わりを
次の言葉で締めくくっています。


 未知の市場を開拓し、海外での売り上げを

 伸ばしていくためには、同社が蓄えてきた、

 技術を中心とする強みを現地が効率的に

 使いこなしていくしかない。
 

  (P.039) 




最終回は、「PART3 盤石をもっと強く 成熟する
国内市場を深掘り」他をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





花王 奪還「失われた25年」  2014.10.13  <1>




日経ビジネスの特集記事(77)

花王
奪還「失われた25年」
2014.10.13



今週の特集記事のテーマは

米P&Gに勝つことを夢見た中興の祖、丸田芳郎氏
の社長退任から来年で25年。
海外事業で思うように伸ばせず、アジア攻勢でライバルの
ユニ・チャームに先を越されている。
国内では、カネボウ買収で2006年に24期連続増益は
途絶え、昨年は白斑問題が深刻化した。
そして今年2月、澤田道隆社長を残してすべての取締役が
退任する異例の決定を下す。
「技術」か「マーケティング」かという二項対立を超えた
「超・技術経営」。再攻の狼煙は上がった 
 (『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.026)

ということです。


花王<br />奪還「失われた25年」

花王 奪還「失われた25年」

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 表紙)





まず、今年2月に行われた異例とも言える決定を
振り返ってみることにしましょう。


PART1 「2月4日」の変
役員総辞職ににじむ覚悟


国内トイレタリーメーカーのトップに君臨する花王に、
何が起こったのでしょうか?


 2014年2月4日。沈黙を守ったまま、1人の

 経営者が表舞台から消えることを決定した。

 2004年から花王の社長を務め、2012年に

 その座を澤田道隆に譲って会長に退いていた

 尾崎元規、64歳(当時)。この日の取締役会で

 退任を決め、3月28日の株主総会で正式に

 退いている。

 やや異例なのは、尾崎と共に、社長の澤田を

 除く全ての社内取締役が一斉に退任したことだ。

 その数、尾崎を含めて6人。1人の例外も許さ

 ない尾崎体制の「総辞職」だった。
 

  (P.028)

何があったのでしょうか?
そして、その後、澤田さんはどんな方向へ舵を切る
決意を固めたのでしょうか?


その点に着目して、ご覧ください。


 新体制では、社内と社外の取締役を同数の

 3人とし、議長は社外取締役の元マッキンゼー・

 アンド・カンパニーのシニアパートナー、

 門永宗之助が務める体制とした。

 取締役会における社外取締役の発言力は、

 相対的に大きく強まった。
 

  (P.028) 



澤田道隆社長(右)と尾崎元規前会長(左)

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.029)



以前から、『日経ビジネス』は社外取締役について、
何度も取り上げています。


欧米では普通のことですが、しがらみのない社外
取締役が、取締役会で歯に衣着せぬ発言をし、
鋭い質問を浴びせます。


その一番大きな理由は、株主の存在です。
コーポレート・ガバナンス(企業統治)の問題が
あるからです。


企業統治とは、平たい言葉で言えば、
「会社は誰のものか?」
ということです。


企業のステークホルダー(利害関係者)には、
株主、顧客、取引先、従業員、社会などがあります。


ですが、欧米では、利害関係者は「株主」である、
という考え方が一般的です。


日本では、前述したすべてが利害関係者と考える
むきがまだ多いように思います。


ただ、日本企業の株主には、外国人投資家が多く、
発行済株式数に対する持株比率が、10%を超える
企業は珍しくありません。


「もの言わぬ」日本人投資家と違い、「もの言う」
外国人投資家は、配当金の増額や株式の値上がり
益に、常に関心があります。


昔は、株主総会での「総会屋対策」が大きなテーマ
でしたが、現在では外国人投資家の鋭い質問へ
の対策が重要なテーマになっています。


花王の外国人持株比率を調べてみました。
せいぜい30%くらいかと思っていましたが、
何と50%(50.7%)を超えていました!


花王の外国人持株比率
花王の外国人持株比率
花王 ヒストリカル株価情報のサイトから


私が説明したことに納得していただけました
でしょうか?


では、このような状況を踏まえた上で、
『日経ビジネス』の記事を読んでいくことにしましょう。


花王関係者にはカネボウの買収に対し、
快く思っていない人たちがいたということです。
そうした「空気」が尾崎前会長に退任の決断を
させたのではないか、と日経ビジネス取材班は
推測しています。


 花王OBには、そもそも社内風土がまるで

 異なるカネボウの買収を快く思わない者、

 約4000億円という買収金額を「高すぎる

 買い物だった」と考える者などが少なくない。

 尾崎は、そうした声に押し切られるように
 
 して退いたのではないか。尾崎を支えた当時

 の取締役の1人も、「(2月4日の取締役会に

 おける)ガバナンスを巡る議論の背景に、

 カネボウ問題があったのは間違いない」

 と話す。
 

  (P.029) 


花王が以前、フロッピーディスクを生産していたこと
をご存じでしょうか?


フロッピーディスクの時代から外付けハードディスクへ、
さらに外部サーバー(クラウドコンピューティングなど)
へと外部記憶装置は移行してきました。


 花王は86年、自社の化学品部門が持つ

 界面活性剤の技術を生かし、化粧品などに

 並ぶ新たな収益の柱を育てるべくフロッピー

 ディスクなど情報事業に参入した。技術力を

 武器にシェアを伸ばし、一時は世界三強の

 一角を占めた。新事業育成は成功したかに

 見えた。

 しかし、台湾勢などの参入で価格は急速に

 下落し、利益を確保するのが厳しくなっていく。
 

  (PP.029-030)

新規事業に船出する決断よりも、既存事業の
撤退を決断することの方が、ずっと難しいのです。


長年携わってきて愛着があり、その部門の従業員
の処遇をどうしたらよいか、ということに頭を悩ませ、
なかなか決断できず、ズルズル先延ばししてしまい、
大きな損失を被ることはよくあります。


 後藤は98年、情報事業からの撤退を決めた。

 経済成長の波に乗ってひたすら事業を拡大して

 いた「成長期の経営」から、経営資源をより効率

 よく配分して利益を稼ぐ「成熟期の経営」への

 転換だったと言えるだろう。


 役員が一斉に退任したのは、その2年後のこと

 だった。
 

  (P.030)


日経ビジネス取材班は、一歩踏み込んで、
次のように考えました。


 経営が大きな節目を迎える時、経営陣

 を一新し、ガバナンス体制を強化する。

 これと同じことが2014年2月に再び

 起こったとすれば、今、花王はまた大きな

 節目を迎えているのではないか。
 

  (P.030)


花王が深刻に受け止めているのは、
海外事業を展開する時期は決して他社に
遅れていたわけではないのにもかかわらず、
いまだに国内ほどにはうまくいっていない
ことです。


 花王は、国内市場に徹底して事業構造を

 最適化し、かつてP&Gなどの海外勢の

 日本進出に対抗した。だが一方で、

 国内を主とし海外は二の次という意識から

 抜けられなかった。
 

  (P.031)


下図をご覧ください。
「海外売上高比率の推移」を示しています。
青線はP&G、黄線はユニ・チャームそして緑線は
花王です。


2006年に、ユニ・チャームは花王を抜き去り、
その差を広げ、P&Gに接近しています。



海外進出で花王は完全に出遅れた

海外進出で花王は完全に出遅れた

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.031)




花王にとって厳しい現実を突き付けられている
グラフがあります(下図参照)。


縦軸に売上高、横軸に営業利益率という重要な
2つの指標に基づいて、どこに位置付けられて
いるかがひと目で分かるように出来ています。


当然のことですが、できるだけ上で、さらに
できるだけ右によっていることが2つの指標で
優っていることを示します。


P&Gは圧倒的なトップ企業です。
時価総額は24.8兆円、売上高は9.0兆円、
営業利益率は18.4%です。


2位はユニリーバで、それぞれ順に、13.0
兆円、6.8兆円、15.1%です。


3位の花王と4位のユニ・チャームは接近して
います。


花王は、2.2兆円、1.3兆円、9.4%です。
一方、ユニ・チャームは1.5兆円、0.6兆円、
11.2%です。


花王はユニ・チャームと比べ、時価総額では
約1.5倍、売上高では2倍以上ですが、
営業利益率では2%近く劣っています。


P&Gは花王と比較すると、時価総額で10倍
以上、売上高で4倍以上、営業利益率は約2倍
となっています。その差は限りなく大きい。
容易にその差を埋めることができないのは、
誰が考えても分かります。


収益力と時価総額で世界トップとの差は歴然

収益力と時価総額で世界トップとの差は歴然

(『日経ビジネス』 2014.10.13 号 P.033)



中興の祖と言われた丸田芳郎さんは、このように
願い続けたそうです。


 「国体(国内市場)で勝ち抜いて、オリンピック

 (グローバル市場)に挑戦しよう」。花王の

 黄金時代を築いた丸田芳郎元社長は、

 この言葉を好んで用いた。海外進出の進まない

 「内弁慶」企業。それを変えたいと願い続けた。
 

  (P.033)


しかし、それからおよそ25年経った現在でも
状況は変わっていません。


「少なくとも、新しい稼ぎ頭が生まれていないのは
確かだ」(P.033)という指摘が、的を射ていると
思います。


当の花王は、その事実を骨の髄まで感じている
はずです。


ですが、いつかは現状を打開し、P&Gやユニ
リーバに対抗できる日が来ることを願ってやみ
ません。



次回は、「PART2 内弁慶、海を渡る 動き出した
アジア総力戦」をお伝えします。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





当事者が明かす変革の真実 「断」の経営  2014.10.06  <3>

日経ビジネスの特集記事(76)

当事者が明かす変革の真実
「断」の経営
2014.10.06



今週の特集記事のテーマは

日本企業が反撃力を取り戻し、
“再攻”するためには何が必要なのか。
日経ビジネスが報道してきた企業改革の中から
「読者の記憶に残る変革」を抽出し、ヒントを探った。
歴史的変革の当事者たちが示す革新の条件は
3つの「断」に集約できる
 (『日経ビジネス』 2014.10.06 号 P.025)

ということです。



当事者が明かす変革の真実 「断」の経営

(『日経ビジネス』 2014.10.06 号 表紙)



まず、上図をご覧ください。
左上から時計回りで、本田宗一郎、藤田田、松下幸之助、
カルロス・ゴーン、小倉昌男、稲盛和夫の各氏です。


6名は著名な経営者ばかりですね。
どなたも「時代」を創造してきた方ばかりです。



PART4 成し遂げた経営者たちが示す
変革生む3つの「断」


『日経ビジネス』は、かつて改革を成し遂げた経営者たち
が語る変革の条件は3つあるとしました。

決断 黒字の事業でも捨てる

断絶 生え抜き主義を廃止する

横断 組織一丸で変革を義務に




では、順に概観していきましょう!


決断 黒字の事業でも捨てる

黒字を続けてきた事業までも捨てるには、
勇気が必要です。ただし、事業の撤退を
決断できるのは経営トップだけです。


 経営的に言えば、経営資源を本当に

 必要な事業にだけ、従来にないほど集中

 させることが不可欠になる。 
 

  (P.040)


日立製作所をV字回復させた川村隆・相談役は
こう語っています。


 「会社として掲げたビジョン『社会イノベーション』

 に合致しない事業は直ちに売却対象とした。

 その中には黒字の事業も含まれる。それ以外、

 浮上の方法はなかった」。
 

  (P.040) 

現在黒字を出している事業でも、長期的な視点から
見て、将来性がないと判断されれば即座に売却対象
とする、というブレない基本方針をどこまで徹底できる
かに全てがかかっている、と思います。


それを成し遂げられるのが、真のリーダーです。


アサヒビール(現アサヒグループホールディングス)を
万年4位から首位へ躍進させた、樋口廣太郎さんを
ご存じの方は多くいる、と思います。


泉谷直木社長兼CEOからの提言
「前例がないから決断、一点突破せよ」


 スーパードライでアサヒビールを復活、その後、

 国内シェアトップに躍り出る変革をした樋口

 廣太郎さんは1986年、住友銀行副頭取から

 アサヒビールの社長に就任しました。

 「前例がない、だからやる」が口癖でした。

 改革を起こすために「ミドルは自己燃焼できる

 人材でないとダメだ。心のダイナモを燃やせ」

 とよく話していました。

 人心を掌握する能力に長けていました。

 例え話や造語が飛び出し周囲を話に引き込ん

 でいた。ストーリーテラーですね。


 社内の資源をすべてスーパードライに集中。

 年間で多い時は200人、今の3倍もの採用

 をしました。変革を起こすにはヒト・モノ・カネ

 のすべてを集中させるような前例のない決断

 が必要だったのです。


 現在に至るまで「スーパードライの次が出ない。

 1本足打法だ」と批判され続けています。

 ですが私はスーパードライのブランドを磨き続け、

 1本足打法でホームランを打ち続けることが重要

 だと考えています。


 私はハードルが上がっているのではなく、違うハー

 ドルを超えないといけないのだと思います。

 今は販売量だけでは評価されません。企業価値を

 上げていかないとグローバルプレーヤーとは戦え

 ません。 
 

  (P.041) 


変革には、すべてをガラリと変える場合と、
中核となる事業はさらに強化し、将来を見据えた
新たな戦略を立案する場合がある、と考えられます。




断絶 生え抜き主義を廃止する

最近、市場に驚きをもって迎えられた出来事は、
サントリーホールディングス社長に、ローソン会長
の新浪剛史(にいなみ・たけし)さんが就任すること
が発表されたことでしょう。


生え抜きではなく、外部からの登用だったからです。
こうしたケースは今後増えてくるもの、と考えています。


外部から新しい血を注入し、内部から健康体の企業に
変革しようという試みが、グローバルに事業展開する
企業にとって、欠かせないこととなってきたからです。


 日本企業の変革を阻む第2の原因。

 経営層の人材不足。この課題の解決策は

 ある意味で単純だ。

 外部から人を呼び、かつその人材に

 “好き勝手”にやらせる仕組みを整え

 ることである。
 

  (P.042)



 生え抜き否定主義による最近の最大の成功例

 の一つが、カルビーだ。

 伊藤忠商事から米ジョンソン・エンド・ジョン日本

 法人社長を経て、業績が伸び悩んでいたカルビー

 の立て直しのために呼ばれたのは松本晃・会長

 兼CEO。2009年6月の就任以降、事業の入れ

 替えや組織の改変に邁進してきた。

 「企業の目標は売上高と利益を伸ばすこと。

 仕事はそれに直結するものだけにすればいい

 のに、日本の会社は余計なことが多い。ムダな

 仕事ばかりしている」。これが信条の松本会長。


 外から来た人間ならではの大胆な効率化により、

 業績は好転。松本氏が会長兼CEOに就任して

 からの5年間で、カルビーの売上高は45.5%増

 の1999億円、営業利益は約3倍の9.8%へ

 増加した。
 

  (PP.042-43)


外部からしかも外資系企業の元経営者という、
しがらみのない人材に任せることで、大胆な改革が
断行できたという、典型的な例だと思います。




横断 組織一丸で変革を義務に

外部から新しい血を注入することができない場合、
どうすればよいでしょうか?


その答えは、変革が義務の職場にすること
(P.044)です。具体例を見てみましょう。


 日本から変革力が消えた理由は、社会全体が

 豊かになり、そもそも変革への渇望が失われた

 ことだ。


 変革の必要性が減る中で、改革を進めるには、

 自律的に変革し続ける組織を作る必要がある。

 そのための最も簡単な方法は、変革が義務の

 職場にすることだ。このことは、記憶に残る

 変革を成し遂げた企業の多くが実践していること

 でもある。

 サントリーホールディングスは今も、挑戦して変革

 し続けることを意味する「やってみなはれ」が社員

 の義務。同社には「イノベーションやってみなはれ賞」

 という表彰制度まである。
 

  (P.044)


ただし、営業や開発、製造現場だけが「やってみなはれ」
精神を発揮しても、全体を動かすには弱い、と思います。
そこで当然の帰結として、導入された考え方は、
「組織の横断的活用」でした。


思えば、瀕死の状態だった日産自動車を復活させた、
カルロス・ゴーンさんはクロス・ファンクショナル・チームを
作り、まさに組織横断的なチーム編成で、硬直した
縦割り組織を破壊したのでした。


 本当に、自律的に改革を進める企業になるには、

 「組織の横断的活用」により、社員自ら常に課題を

 見つけ出し、解決する職場を作ることが必要だ。
 

  (P.044)




 「縦割りの組織では見逃されてしまうような課題

 でも、横断型組織だと早期に発見し解決できる」。

 ゴーン改革を支えた幹部の一人で、日産と三菱

 自動車の共同出資会社NMKVの遠藤淳一・

 社長兼CEOはこう話す。 
 

  (P.044) 


結局、画に描いた餅ではなく、
「変革を愚直にやりきる」(P.044)しかない、
と言えます。


 逆に言えば、変革の障害を排除し、「愚直の力」

 があれば、企業は大抵の難局を乗り切れる。

 その具体例は、事業の中核だったフィルム市場

 がほぼ消滅しながら、古森重隆会長兼CEOの下、

 事業構造転換に成功した富士フィルムホール

 ディングスだけではない。
 

  (P.044) 



日立製作所の川村隆相談役からの提言
取締役会を徹底活用


 これまでの痛みを伴う改革は、リーマンショック

 で巨額の最終赤字に転落した非常事態に、

 全社員で危機感を共有できたからだと考えて

 います。

 
変革し続ける組織にするために、私は3つの

 策を施しました。まず1つ目に必要なことは

 COO(最高執行責任者)とCEOという、会社を

 率いるトップに変革者を据えることです。

 2つ目が取締役会の強化。経営トップが変革

 を恐れるようんになった場合に歯止めをかける

 仕組みとして、取締役会がうまく機能するように

 しました。

 取締役会の強化は、事業面でも緊張感を生み

 ます。

 3つ目が、社員の意識改革。20~30人程度の

 社員を集めた対話集会を頻繁に開催し、経営層

 が直接、社員に考え方を伝えて議論する場を

 設けています。

 企業がまず利益を上げないと、社会への付加

 価値還元はできません。貪欲に稼ごうとするマインド
 
 は、利益向上に何より重要であることを、こうした
 
 場を使い認識してもらいます。
 

  (P.045) 


強い志を持ったリーダーが、何があっても変革を
成し遂げるのだという意欲を見せ、全社員が
一丸となって共通の目的に向かって邁進していく
ことが、何より重要である、と再認識しました。






記事を読んで、面白かったら
ポチッとしてください。





★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆

スポンサード・リンク




和佐大輔さんの価値の高い情報を、「無料」で手に入れませんか?
▼【無料プレゼント】売れるコピーライティングの極意

検索フォーム

プロフィール

藤巻隆

Author:藤巻隆
管理人の藤巻隆です。

以前、ジュゲムブログで、
同タイトルの
「日経ビジネスの特集記事」
を書いていました。

しかし、使い勝手があまり
よくなかったので、
FC2ブログで新たにスタート
することにしました。

現在(2013.10.16)、ブログの
引越を行っているところです。

FC2ブログでは、2013.10.14号
が最初のブログということに
なります。


2013年10月16日記す。

FC2カウンター

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

ランキング

にほんブログ村 本ブログへ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログ ビジネス書へ
にほんブログ村

スポンサード・リンク

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
ビジネス
516位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
その他
134位
アクセスランキングを見る>>

アクセスランキング

スポンサード・リンク

銀座カラー

カテゴリ

サイト内ランキング



FXってそもそも何?

スポンサード・リンク



外為ジャパン

アマゾン・サーチボックス

スポンサード・リンク

だいぽん
抜群の安定性と爆発力を誇るアフィリエイトの 秘訣を徹底解説しています。 だいぽんさんが今も月500万~1000万くらい稼いでいる ノウハウです。 あなたも安定的な収入の柱を作りませんか?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。